30 / 322

第30話

「真咲〜帰るぞ〜」 何度が来た保育園。 延長保育のお迎えでいつものように園庭から呼び掛けた。 「あの…どちら様でしょうか」 「え?香束…違った、東藤です」 初めて顔を見る若い保育士が可愛らしい顔を歪めながら俺をじろりと睨む。 「東藤真咲を迎えに来ました」 「…お待ち頂けますか?」 彼女は途中一度振り返って俺を確認し、事務所へと消えて行った。 え、何? 俺、不審者扱いか? このご時世、それはとても大切だが…その対象となると…地味に辛いな。 ガラス越しに真咲に手を振って待っていると別の保育士が俺の元にやってきた。 「すみません。申し送りがきちんと出来ていなかったみたいで」 申し訳なさそうに頭を下げて俺を気遣う。 「大丈夫です。お手間取らせてすみません」 「今、お連れしますね」 ベテランと思われるこの保育士の顔には見覚えがあった。 男性の保育士で初めて涼真に連れられて来た時に紹介してもらった人だった。 「簡単に訳の分からない人に引き渡されるより断然いっか」 夜空を見上げて、俺は一人呟いた。 「今日は楽しかったか?」 「うん。パパおちごと?」 「そうだよ。俺と家に帰ろうな」 「は〜い」 一緒に暮らして三ヶ月、どうしても外せない仕事がある日は俺が真咲のお迎えをする。 普段は残業をセーブしてもらってるからたまには全力で仕事をしたい日もあるんだろう。 それでいい。 俺がカバー出来るんだから。 前よりも言葉がしっかりしてきた真咲と一緒にいるのは案外楽しいし。 真咲の手の温もりを感じながら俺は涼真と手を繋いでいた昔の事を思い出していた。

ともだちにシェアしよう!