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第57話

スローモーションのようにゆっくりと胸に辿り着いた涼真の拳は物理的にはちっとも痛くはない。 「お前の他に誰がいんだよ!馬鹿郁弥!」 「俺?俺なの?本当に、俺?」 「何度も言わせるな…」 恥ずかしそうに、ふいっと俺から目を逸らす。 …なんて事だ! 涼真の想い人が…俺? 「って事は…十年以上、無駄に生きてきたって事?何で、何で両想いなのに?どうして俺は告らなかったの?」 混乱する思考。 「涼真、言ってくれよ〜!それから俺、何で告らなかったかな〜?」 後悔という波に呑まれ、さっきのパンチがじわじわと効いてきた。 胸が苦しい。 嬉しさとくやしさが、半分こ。 「それじゃあ俺は嫌われてない…よな?」 涼真は深く首を縦に振った。 「嬉しい…嬉しいよ!」 興奮して両手で顔を覆う。 涙こそ出ないものの、今ここで叫びたい。 涼真を愛してる、と。 ま、流石に叫べないから言わないけど…ね。 そして俺は気がついた。 「じゃあ涼真が出ていく必要…無いな」 「え?でも…郁弥だって結婚とか…」 「無い!俺は涼真以外好きになった人いない…だから…そんなのどうでも…いい…」 最後の方は呟くような音量だったが、俺は涼真の右手を両手でギュッと掴んだ。 もう、離さない。 「郁弥…」 涼真は目を潤ませて唇を噛んでいる。 その目に引き寄せられるようにゆっくりと顔を近づけ…涼真の唇にキスをした。

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