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第107話

…やっぱり、…と言うべきだろうか。 「真咲……」 口に出せば俺と視線を合わせずに頷いた。 「真咲は…遺伝子的には咲百合と先生の子供」 遺伝子的なんて、…そんな言い方…。 「でも…育てたのは、先生じゃない。俺と郁弥」 「…うん。俺と涼真が真咲を育ててる」 眉間に寄せていた皺が、いっそう苦痛の表情を醸す。 「咲百合は先生の元にずっと通って、一回だけ体の関係を持ったって嬉しそうに言ってた。その時先生に奥さんはいなかったし、咲百合は成人してたから倫理的には問題無かったと思う」 「…じゃあ…その時…」 「…多分…ね…」 大崎先生と関係を持って、咲百合は何を思ったんだろう。 小さな命を身篭って、咲百合はどんな未来を想像したんだろう。 その時、涼真がふとベランダの方に目をやった。 釣られるようにその視線を追いかけると、陽射しの下で旗めく洗濯物。 「こんな日だった…」 「…え?」 「こんな…穏やかな日に…咲百合が死んだんだ…」 …咲百合… 咲百合からの手紙で、俺は涼真に会う決心をした。 会って、涼真を助けていこうって決めた。 連絡を取り合ってなかった俺は咲百合が亡くなったのも知らず、その後届けられた手紙によってその事実を知ったのだ。 『 私が死んだ後でこの手紙を読む郁弥へ 』 そんな書き出しの手紙。 これは俺への遺言なんだとその時思った。

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