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第191話

「あ…の、…俺、事故ったんだって?」 「うん。会社から帰る途中、家の近くで」 「…そ…そうなんだ」 細身の男は始終親しみを込めた目で俺を見つめる。 さっき部屋に飛び込んできた少年…中学生か、もしかしたら高校生?…は、男の隣に座って不安げな瞳をさせていた。 「とと…どこか痛い?」 「…大丈夫だよ。…あの…名前…聞いてもいいかな」 「…え?誰の…?」 親しげに俺を“ とと ”と読んだ少年はびっくりして目を大きく開いた。 「郁弥…真咲の事が分からないのか?」 急に立ち上がるからイスがガタッと音をたてた。 「…うん。ゴメン…」 「頭をぶつけたから?」 「僕…ととに忘れられちゃった…」 少年が悲しそうに顔を歪めた。 「どうして真咲だけ?」 「あ…あの…実は、君のことも…その…」 「俺?俺の事も…?冗談だろ?」 「いや…その…だから、…ゴメン…」 部屋の中が静まり返り、居心地の悪さこの上ない。 「真咲、郁弥の具合があんまり良くないから先に家に帰れ」 「…分かった。とと、お大事に」 真咲と呼ばれた少年は見て分かる位にしょんぼりして、肩を落とし病室を出ていった。 「…ゴメン…」 「いいんだ、謝るなよ。それにしても…」 「…何?」 「テレビドラマみたいだな」 何を言い出すのかと思えば…楽観的だ。 だが男の言葉は俺の心を少しだけ軽くした。 「焦んなくていいよ、ゆっくり思い出して」 「…うん」 「俺は涼真、藤堂涼真。お前とは幼なじみで、今は……一緒に住んでる…」 …とうどうりょうま… 「俺も帰るわ。疲れたろ?」 「…う、うん」 「また明日来るから」 「ああ…」 じゃあな、と言って男は俺に背を向けた。

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