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第196話

「いってー……」 反射的にまだ痛みの残る肩を庇うように手で押さえてしまい、持っていた松葉杖を二メートルほど向こうに転がしてしまった。 「あちゃー…」 よろけながら立ち上がって足を踏み出そうとしていると視界に飛び込む茶色い頭。 「ご…ごめんなさい!!」 「はぁ?」 「今拾います」 そう言うと茶色い頭はぴょんぴょんと跳ねて前方に飛ばしてしまった松葉杖を拾って戻ってきた。 「あ…りがと…」 「いえ、私が…前をちゃんと見てなくて…ごめんなさい!」 女の子がお辞儀をして懸命に謝ってる…。 「大丈夫だから、さ。ほら、電車来るよ」 「本当にすみません…」 「いいから…君…」 セミロングの明るい茶色の髪をした二十歳そこそこの女の子。 …にしても…小さくね? 頭が俺の胸にやっと届くかどうかって位。 彼女が上を向き、ようやく目が合った。 「あっ!か…香束さん…!!」 「え?」 「す…すみません!同じ会社で働いています野原葵です!」 …誰よ? 「業務運営統括に所属してます!あの、私で良ければ、会社までご一緒してもよろしいですか?」 「な…何で?」 「お荷物お持ちします!ほら、電車来ますよ!」 「ちょっと…」 彼女に引っ張られるようにしてホームに進入してきた電車に乗った。 「間に合った〜!」 ふわふわの髪。 花柄の膝丈ワンピース。 フローラルの香りがふんわりと漂い、人懐こく笑う顔。 「…眩しい…」 「はい?」 「いや…何でも…」 駅に着くまでの短い時間、この愛らしい生き物は俺にずっと喋り続けていた。

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