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第237話
「ただいま〜!」
「涼真、戻ったよ」
家に着いて、いつもなら涼真が出迎えてくれるシチュエーション。
だが室内は暗く静まり返っていて、人の気配も無い。
「ん?」
鼻をかすめる僅かな匂い。
「これ…」
「とと?」
「何でもないよ。寝てるのかな?」
胸の奥がザワついたが、今は涼真の様子が気になる。
「涼真、寝てるのかな?」
起こしてしまわないようにそっと足を忍ばせて涼真の部屋を覗いた。
「いない…」
俺の部屋?
念の為に自分の部屋のドアを細く開けてみるが…いない。
「とと、僕の部屋でお父さんが眠ってる」
ヒソヒソ声で真咲が俺に言う。
「涼真?」
本当だ。
ベッドに腰を掛けて…そのままゴロンと横に倒れて眠ったようだ。
「俺が寝室に運ぶから真咲はリビングにいて」
「は〜い」
真咲を遠ざけてから眠る涼真の横顔を眺めた。
睫毛が濡れ、…泣いていたようだ。
何があったのか分からないが玄関で嗅いだ残り香が、きっと涼真を悲しませていると思った。
「涼真…」
日が傾きやや暗く感じる部屋の中、手のひらでそっと涼真の頬を撫でた。
「ん…郁弥…帰ってた?」
「ただいま。こんな姿勢で寝たら体が痛くなるぞ」
「あ…眠っちゃったのか。はは…」
顔の前で指を組み取り繕うように笑う涼真が痛々しく見えるのは何故だろう。
今更泣き顔を隠したって、遅いんだ。
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