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第242話
「いつもありがとう」
帰宅が時間遅くなると珍しく予告した後、涼真はいつもよりやや暗い面持ちでそう言った。
「了解」
そんなのメールを寄越せば済むことなのに、涼真は普段働いている三階からわざわざ俺のいる七階までやってきた。
扉に手を付き、廊下から中を覗き込むようにも見える視線。
その先を目で辿るとそこに…。
「……」
山城さん…?
「涼真」
「…あ、じゃ…戻る。呼び出して悪かったな」
「いや、いいんだ」
くるりと背中を向けて廊下を歩き出した涼真。
「…どうしたんだ…涼真」
雰囲気がいつもと違うのは表情が硬かったせいだろうか。
「佐藤リーダー、この図案おかしいです」
「え、どれかな」
席を立った山城さんのスカートがふわりと揺れた。
それはまるで花弁のように開き、優雅に踊る。
「…それ…」
既視感に囚われる。
あの時見た赤い花柄が 目の前に。
そう思うと胸がズキっと痛み鼓動が早まった。
…既製品なんだからどこで誰が身につけていたっておかしくないだろ…。
「…落ち着け…」
小声で呟き、何事も無かったように自席に着いた。
「ねぇ、とと」
「…ん?どうした真咲?」
俺は定時に近い時間で退勤し、真咲と一緒に夕飯の準備をしていた。
「最近父さん遅いね。お仕事忙しいのかな」
「そうじゃないかな」
「ふーん」
「真咲、次はこれに衣つけて」
「はーい」
トレイに乗せた切り身を渡すと真咲は慣れた手つきで小麦粉を付け始めた。
「涼真に美味いサーモンフライ食わしてやろうぜ」
「うん!」
どんよりした気持ちを跳ね飛ばすように真咲の笑顔が弾けた。
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