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第256話
「思い出した…」
洗剤のついたスポンジを握る手に僅かに力が入り、垂れた泡の塊が肘に向かって流れた。
「美織…。えっと…苗字は…なんだっけ?」
んー…、と考えてみても思い出せない。
当時はセミロングのストレートヘアだったという事と名前だけ。
後は…ダメだ…。
「…もう思い出だから…忘れててもいっか」
覚えてなきゃならないって事もないだろうし。
「さ〜て、食器を濯いじゃおっと」
水道から勢いよく水を出しやや飛沫を飛ばして洗剤を綺麗に洗い流した。
コンコンとノックをしてからドアを開けた。
「真咲、風呂沸いたから入っておいで」
「うん、とと ありがと」
声を掛けるとすぐに真咲はパジャマと着替えを持って部屋を出ていった。
俺はついでにと涼真の部屋を覗き、勝手に中に入った。
「涼真、大丈夫か?」
「大丈夫、何もないよ」
涼真は和室に敷いた布団に横になって頭の下で手を組んでいた。
「今真咲が風呂に入ってるから、上がったら涼真入ってこいよ」
「うん…分かった」
「涼真…」
畳に腰を下ろしてそっと口付けた。
「何かあったろ?」
「…大した事じゃない」
「…話してよ」
はあ…とため息を吐いて涼真が体を起こした。
「真咲を育てたいって言う人が…いるんだ」
「はぁ?何で?」
「郁弥、声抑えて」
「ご…ごめん」
二人しかいない部屋でキョロキョロと辺りを見回してしまう。
いくら真咲が風呂にいるとはいえ…大きな声でする話じゃなかった。
「それ、どういう事なんだ?」
額がくっ着くような距離で俺は涼真に聞いた。
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