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第263話

夜の車内はそこそこ混雑していて、顔を見ればどの人もその表情は重く疲れているように見える。 俺も確実にその一人で吊革を掴む気力は無くてドア横のスペースに無理に体を押し込めて流れていく外の景色をぼんやり見下ろしていた。 「自分の仕事を放って、こんな所に来て…」 いや、ちゃんと正規のルートでこっちに来て、きちんと仕事して役に立ってんだからそこをとやかく言う権利はない、か…。 それにしても、モノのように真咲をくれなんてよく言えたもんだ。 赤ちゃんの時から涼真が苦労して大切に育ててきた真咲。 その苦労してきた十数年を微塵も知りもしないで。 じわっと口の中に生臭い鉄の味がして、俺は唇を噛んでいた事に気がついた。 「痛…」 人差し指でなぞると指に僅かに血が付いた。 分かっている…俺の問題じゃない…けど…。 「はぁ…」 ため息をひとつ吐くとちょうど景色が止まり、気配が動きだした。 電車は目的の駅に停車して、俺も人の波についてホームへと降りた。 「クソッ!」 怒りは苛立ちに変わったが胸の中の黒いモヤは晴れることなく、むしろ息苦しいくらいだ。 「…俺が言われたんだからもちろん涼真の所にも行ったんだろうな」 シャツに皺がつく位に胸を掻きむしり、俺は改札へと歩き出した。

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