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第265話

『俺と郁弥が育てたんだからさ』 涼真の言葉を頭の中で理解するのになぜか時間がかかって、そんな俺を涼真が不思議な顔をして見ていた。 「どうした?何かあった?」 「…うん…でも後でいい。早く真咲の作った夕食食べたい」 「そうだ!呼びに来たんだ!真咲が待ってる」 「もう行くから」 「顔、戻しておけよ」 「うん」 涼真が先に部屋を出て行き、俺は両手でパンッと顔を叩いた。 「泣くな!俺!」 真咲に心配させるな。 口角を上げて笑顔の練習をしてから、俺は真咲と涼真が待つリビングに向かった。 「とと、泣かないで」 「郁弥〜鬱陶しい…」 やや呆れ顔の二人の前で、俺はまた泣いている。 「だって!このエビフライ、サクフワでめちゃくちゃ美味いんだぜ!」 「ととが上手に教えてくれたから」 「真咲〜!」 確かに教えたのは俺だけど、面倒なエビの下準備もきちんと出来てるし(しかも綺麗!)サーモンフライも下味しっかり付いてサックサクだし、イカリングもちゃんと皮を剥いてあって柔らかな食感。 「最高か!」 「郁弥は大袈裟だって」 「エビフライなんて大した事ないって、言ってんのか?」 「そうは言ってないだろ」 「なかなかこうは揚げられないんだ」 「…ま、そうだろうな。俺は料理苦手だし、凄いと思ってるよ」 「僕、父さんのご飯も好きだよ?」 「真咲!!ありがとう!」 そうだ… 家事能力がほぼ無かった涼真だが、それでも俺は繰り返し教え、何度も練習して涼真は少しづつ料理が出来るようになった。 仕事して、小さな子供育てて、苦手な家事まで。 俺は涼真が出来ないことを少し手伝っただけ。 真咲をこんな風に育てたのは涼真だ、俺はそう思った。

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