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第278話
「中黒…?何で…」
「もうその辺にしといたら?会社にいられなくなるよ?山城さん」
中黒はゆっくりと室内に入り、俺の肩先にポンと手のひらを乗せた。
それから涼真の脇を通り過ぎて美織の前へ。
「来ないで!」
美織は部屋の奥へと移動し、ホワイトボードの後ろに逃げ込もうとした。
だが中黒に手首を掴まれて、もう隠れられない。
「俺にもお話して下さいよ、ね」
「嫌!」
「でもね〜これ、俺の仕事だから」
ギッと唇の端を結んで中黒を睨みつける様子はまるで毛を逆立てた猫のようだ。
「山城さん、あなた日本に来る為に書類を偽造しましたね。それから香束に怪我をさせ…東藤を脅迫」
「…してない!そんな事してない!」
「まだあるんですよ。同僚とその家族へのストーカー行為、それからそこでも脅迫…。」
「知らない!」
「さあ…、…お話は別の場所でしましょうか」
有無を言わさず、中黒は美織を会議室から連れ出した。
「ヤダ、知らない!離して!」
廊下から美織の声が聞こえ、遠ざかっていく。
静まり返った室内にはとり残された俺と涼真。
「…郁弥…大丈夫か?」
涼真の顔がすぐそこにあって、俺はハッとした。
「うん、大丈夫…」
本当は大丈夫なんかじゃない。
心の中に燻っていた不安が美織の言葉に煽られて溢れてきてしまった。
「…辛かった?」
「……」
そう聞かれて、視線を外してふるふると首を振った。
俺は辛くない。
きっと涼真の方が辛いに違いない。
「…本当言うと、俺はバレても全然平気なんだけどさ…郁弥が…嫌かな…って」
「え…?」
俺が思っていたものと反対の言葉が涼真の口から出てきた。
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