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第279話
「郁弥はいつも真咲と俺を優先して、自分は後回しにするだろ?」
俺の目の前でうつむき加減に涼真はそう話す。
「後回しにしてる訳じゃない。やりたい事を先にしてるだけだ」
やりたいからやっている、それだけの事。
「俺は…保育園のお迎えでさ、郁弥を友人ですって言うのが辛かった。本当は真咲のもう一人の父親なんですって、俺の好きな人なんですって…ずっと言いたかった」
「…涼真…」
「でも、郁弥が真咲の事を考えてさ…友人の立場に甘んじてくれてて…。俺だってこんなに好きで頼りにしてて愛してるのに、誰にも言えない…」
涼真の目が見上げるように俺を見つめた。
「俺の事、そんな風に思ってくれてんだ」
手を伸ばして指先で涼真の耳の後ろの髪を弄ぶ。
「知らなかった…?」
「…うん」
照れくさいのか涼真は直ぐに目を逸らして後ろを向いてしまった。
宙を泳ぐ指先。
俺は涼真を後ろから抱き締めていた。
スーツが皺くちゃになったって知るもんか!
「真咲が…真咲が許してくれるなら…俺、…涼真と結婚したい…ねぇ、涼真。俺と結婚しよう」
ここが会議室なんて、どうでもいい。
「郁弥…俺…」
振り向いた涼真の…少しピンク色に染まった頬。
睫毛がゆっくりと閉じて唇が近づく…。
「ストーップ!」
「ひぇ!」
雷に撃たれるってこういう事?ってほど、体がビリビリと痺れて全身の毛が逆立った。
「…ココ会社。イチャつくなら他所でやって」
「何時からそこに?…中黒サン…」
閉まっていると思ったドアは開き、両腕を組み仁王立ちの中黒が口をへの字にしていた。
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