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第281話

「邪魔して悪かった。もう帰っていい」 片手で顔を覆い、中黒はそう言って俺達に背を向けた。 ん?それだけ? それ言うためにだけ戻ってきたの? 「ありがとう、心配してくれたんだ、よな?」 「お前らがいちゃついてねーか確認しに来たんだよ!」 うわあお! そっちかよ! 「すぐに帰るよ、郁弥と ふ・た・り・で!」 これみよがしに、まるで見せつけるように涼真が俺の腕に抱きついた。 「ハイハイハ〜イ、お疲れ様〜」 そんな俺達に中黒はほんの一瞬だけ視線を寄越して再び廊下に出ていった。 ズボンのポケットに手え突っ込んで…行儀悪っ。 「あいつ…何しに来たんだよ」 「ふふ。監視じゃない?」 「はぁ?」 訳がわからん。 「帰ろ、郁弥」 目の前の危機は回避出来たみたいだし…。 「ああ」 差し出された手を取って、俺と涼真も会議室を後にして家路を急いだ。 「父さん、ととおかえりなさい」 「ただいま、真咲」 ゴタゴタしていたせいで今日は二人揃って少し帰りが遅くなってしまった。 「優羽さんが夕食のおすそ分け持ってきてくれたの」 エプロンを付けてオタマを握った真咲は玄関先で嬉しそうに報告してくれた。 優羽はオバサンと呼ばれるのを嫌い、真咲に名前を呼ばせている。 「姉ちゃん気が利く!さすが!」 「ありがたいよ本当に」 …と言っても作ったのは医者をしている優羽では無い。 夫の隆さんだろう。 「肉じゃがだったからお味噌汁とサラダ作ったよ」 「真咲!ありがとう!」 「さっそく食べよう」 「そうだ、今日ねぇ…」 三人で塊になって玄関からリビングに移動する間に真咲が今日の出来事を話し出す。 そうなんだ、ああ、すごいね。 涼真と二人、相槌や突っ込みをしながら笑いあって着く食卓。 そう、これ。 これを俺は守りたかったんだ。 真咲と、涼真と三人の生活を。

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