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第302話
冷たい風が首筋を撫で、夜の駅のホームで上着の襟を整える仕草をした。
電車に乗って窓の外を眺めていても、目は景色を追うことも無くただ流れ去る街の色を映すだけ。
あー、つまんね。
真咲が家を出る日がこんなに早く来ようとは。
涼真と二人きりになれる嬉しさよりも真咲が居なくなる寂しさには敵わない。
俺には真咲の誕生日の後も涼真と真咲はいつもと変わらないように見えた。
二人とも何でそんな風にしていられんの?
俺は…俺は寂しくて…考えるだけで泣きそうになるのにさ…。
気持ちの整理なんてつく訳なくて、季節と同化するように俺の心はどよんと冷たく沈んでいった。
それでも表面だけでもあっためようと寒い夜には肉と野菜がたっぷり入った温かいシチューを作った。
皿によそって配膳していたら湯気の向こうで真咲が口を開いた。
「父さん、とと、今度の土曜日空いてる?」
ドキッ!
俺は体を硬くして真咲の顔を見た。
「…ん?空いてるよ」
俺とは対照的にいつもの様子で真咲に答える涼真。
「引越し、手伝ってもらってもいいかな?」
遂にこの日が…。
「もちろんだよ」
柔らかい表情で答える涼真。
「ありがとう。ととは?」
「お…俺も空いてるから手伝える」
「良かった。ととありがとう」
にっこりと笑った真咲の顔。
俺は…胸がいっぱいになって…食事を始めてもシチューの味なんて何にもしなくて、それでも…泣きそうになりながらもスプーンで喉の奥に流し込んだのだ。
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