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第320話
何か聞こえる。
それは音なのか、それ以外なのか。
脳内のイメージは漠然として、霞のように曖昧だが記憶のイメージを元に漂い集まってひとつの形を作っていった。
『 私が死んだ後でこの手紙を読む郁弥へ 』
お元気ですか。
あなたがこの手紙を読む頃、私はもうこの世にいません。
楽しくて、美しくて、辛い人生でした。
でも後悔は微塵もなくて、ただもう少し生きてみたかった、そう思うだけ。
愛する人がいるという幸せは何ものにも変え難く私を満たし、同時にこの世を去らねばならない苦しみを生みました。
私はもうすぐ消えます。
悔いがないと言ったら嘘になります。
子供を産んで母となったからにはあの子の成長を見守りたかった。
あの人とあの子の人生に寄り添いたかった。
目を見て、話す言葉を聞いて、肌に触れていたかった。
…全てが愛おしい…
…でも、お別れしなければならなりません。
生まれたばかりの生命を置いて旅立たねばならない私をどうか 許してください。
残された真咲と涼真には申し訳ない想いしかありません。
でも、涼真がどんなに頑張ってもきっと一人で真咲を育てることは出来ないでしょう。
だからお願い。
郁弥が涼真を助けてあげて。
きっと頑張りすぎて彼は壊れてしまう。
そうなる前に、私の代わりに彼に声を掛けて救ってあげて。
こんな不躾なお願いをするのはとても気が引けるけれど…あなたにしか…涼真を愛する郁弥にしか…もう、私には頼る人はいないのです。
ごめんなさい
こんなに我儘で。
ごめんなさい
郁弥にしか頼ることが出来なくって。
でも、自分に嘘はつけなった。
私はあの人に会いに天国へと旅立ちます。
…お願い。
涼真を助けて、そして彼に寄り添って…
私の最後のお願いです。
咲百合
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