321 / 322
第321話
ふと、途切れていた意識が戻った。
誰かに呼ばれたような、何かが肩に触れたような…。
「咲百合…?」
いるはずの無い人の名前が思わず口から出た。
居眠りをしていた俺は深々と身体を沈めていたソファーから腰を上げて辺りを見回す。
…だが、誰も居ない。
窓の外には闇のカーテンが引かれ昼間とは違う気配を忍ばせていた。
「…ふぅ…。もうこんな時間か…」
再び腰を下ろして閉じていたページを開いた。
指が やや色褪せた笑顔をなぞり思い出の扉を叩く。
「みんな…笑ってる…」
写真の中、まるで昨日の事のように甦る記憶。
「初めての朝、公園デビュー…入学式」
幼かった無垢な笑顔は少しづつ意志を持ち、はにかんだり…時にはふくれていたりその表情は豊かだ。
「あんなにちっちゃかったのに…俺より大きくなった…」
時間は加速度的に進んでいき、人生は黄昏てきた。
残された時間は長くない。
好きで好きで…どうしようも無い程に好きで…、でも想いは叶わないと知っていた。
諦めて離れていく路を選び、振り返らずに進んでいたのに…突然咲百合の思惑により再会した時は嬉しくて泣きそうになった。
「…はぁ…」
部屋は静まり返っていて、ため息とページを繰る音のみ。
俺はアルバムを最後まで捲り、パタンと閉じた。
こんな日がいつまで続くのか。
半身を失い、ただ生き長らえる日々。
もう涙も出ない。
「ふぅ…」
もう一度ため息を吐き出して、…再び表紙を捲った。
ともだちにシェアしよう!