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第321話

ふと、途切れていた意識が戻った。 誰かに呼ばれたような、何かが肩に触れたような…。 「咲百合…?」 いるはずの無い人の名前が思わず口から出た。 居眠りをしていた俺は深々と身体を沈めていたソファーから腰を上げて辺りを見回す。 …だが、誰も居ない。 窓の外には闇のカーテンが引かれ昼間とは違う気配を忍ばせていた。 「…ふぅ…。もうこんな時間か…」 再び腰を下ろして閉じていたページを開いた。 指が やや色褪せた笑顔をなぞり思い出の扉を叩く。 「みんな…笑ってる…」 写真の中、まるで昨日の事のように甦る記憶。 「初めての朝、公園デビュー…入学式」 幼かった無垢な笑顔は少しづつ意志を持ち、はにかんだり…時にはふくれていたりその表情は豊かだ。 「あんなにちっちゃかったのに…俺より大きくなった…」 時間は加速度的に進んでいき、人生は黄昏てきた。 残された時間は長くない。 好きで好きで…どうしようも無い程に好きで…、でも想いは叶わないと知っていた。 諦めて離れていく路を選び、振り返らずに進んでいたのに…突然咲百合の思惑により再会した時は嬉しくて泣きそうになった。 「…はぁ…」 部屋は静まり返っていて、ため息とページを繰る音のみ。 俺はアルバムを最後まで捲り、パタンと閉じた。 こんな日がいつまで続くのか。 半身を失い、ただ生き長らえる日々。 もう涙も出ない。 「ふぅ…」 もう一度ため息を吐き出して、…再び表紙を捲った。

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