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第4話

(結局いっぱい・・・買って貰っちゃった・・・) 断り切れずに結局、逢坂が着たものを柴田は全部買ってしまった。店で一番大きな紙袋に、逢坂のための服も自分の服もごっちゃにして入れて、柴田はにこにこしてそれを受け取っていた。それを複雑な気持ちで、逢坂は見ていた。もう柴田相手に愛想よく微笑む男性店員を、睨む余裕もなかった。店から出てからようやくほっとしたけれど、柴田に沢山褒められて、そんなことはあんまりないことだったから確かに嬉しかったのだが、嬉しい反面何となくもやもやした気持ちのままだった。 「侑史くん、持つよ」 「あー・・・別にいいのに、そんな重くないし」 「いいよ、持たせて」 「お前、俺の荷物持つの好きなのか?」 からかうように柴田が言って、そういえばいつもコンビニで柴田の籠を持っていると思いながら、逢坂もそれに少しだけ口角を上げた。柴田の手から紙袋を貰って、それで少しは代償を払っているつもりだった。こんなことしかできなくても、こんなことでもいいからしたかった。 「侑史くん、あの、ほんとにごめん」 「え?なんだ、お前、まだ気にしてたのかよ、良いんだよ、俺が良いって言ってんだから」 「でも、だって」 あっさりした口調で何度か繰り返したそれを、柴田がまた言う。何度言われても逢坂は、柴田が良いという意味が分からないので繰り返してしまう。逢坂がそれに対して何事か言い淀んでいると、少しだけ前を歩く柴田がくるりと振り返った。 「楽しかった。また行こうな」 「あー・・・もう買わないんなら」 「いいだろ、何を遠慮してんだよ、お前は。学生のくせに生意気」 「だって、こんなの」 唇を尖らせてフェアじゃないと逢坂が酷く小さく呟くのを、隣を歩く柴田は聞き取れなかったみたいで聞き返した。逢坂はそれにもう一度言う気になれなくて、緩やかに首を振った。すると柴田が無言で頷いて、すっと視線を前方に向ける。 「デートなんだろ、もうちょっと楽しそうにしろ、ばか」 「・・・―――」 速足で少しだけ前を歩く、耳の裏側が少しだけ赤い柴田のことを追いかけて、後ろからぎゅっと抱きしめたいと思ったけれど、逢坂は無意識に伸ばした腕に気付いてはっとして引っ込めた。こんな往来で抱き付いたら、怒られるのは目に見えている。そんなのは全部、部屋に帰ってからしか、ふたりきりの時でしかしてはいけないことくらいは分かっている。こんな時に、ふたりで外を歩いているなんて不思議だった。いやこんな時だから、柴田は自棄に素直にそれを伝えてきているのかもしれないけれど。逢坂は小さく息を吐いて、何処に行くつもりなのか知らないが、せかせかと先を急ぐ柴田の背中を悠長に追いかけた。 (俺はもうお腹いっぱいです、早く家に帰りたいよ、侑史くん) 背中に眼力だけで訴える。勿論そんな願いは、前を向いている柴田には見えないし届かない。左手にかかる重みが軽くなったわけではないし、きっとこれから沢山のことを考えなければいけないと思ったけれど、特に今日のことで当面考えなければならないことも見つかったけれど、差し当たって暫くは、このままでも良いような気がするのは何故なのだろう。 「あ」 すると不意に、少し前を歩いていた柴田が足を止めた。ふっと逢坂もそれに習って足を止める。柴田はまっすぐ前を向いていて、少しだけ驚いたように目を開いていた。 「どうしたの、侑史くん」 「・・・―――さん」 柴田が小さく呟いたのが、雑踏に掻き消されて半分以上聞こえなかった。聞き返しながら顔を寄せると、前方から低い声がした。 「柴!」 ふっと逢坂が顔を上げると、背の高い男のひとが手を上げてこちらを笑顔で見ている。柴田が一歩前に出る。久しく苗字を呼んでいないので一瞬何のことか分からなかったが、そういえば苗字は柴田だったと逢坂はゆっくり思い出してもう一度男に目を向けた。男は自棄に嬉しそうな表情をして、人の流れとは逆行してこちらに近づいてくる。まさかと思った。逢坂はまさかと思って、背筋に嫌な汗をかいた。ちらりと傍にいる柴田を見やると、柴田は無表情で此方に近づいてくる男を見ていた。 「柴、偶然だな、こんなところで会うなんて」 「真中さん」 柴田の唇がそのひとの名前を呼んで、逢坂は男の姿を見た時から何となく嫌な予感がしていたが、それがぴったり像を結んで、逢坂から柴田を挟んで2メートルもない距離で向かい合っている。逢坂の脳裏に、真中さんと優しく名前を呼ぶ柴田の横顔が過ぎって、思わず後ろから柴田のことを抱きしめて、真中から引き剥がしたいと思ったけれど、先刻往来では駄目だと思ったのとは全く違い尺度で、逢坂はそれを選択できない。斜め後ろから見やるに柴田は無表情だったが、真中は自棄に嬉しそうにしていて、逢坂はそれはそれで引っかかっていた。どうすることもできなくて、ほとんど部外者みたいに逢坂は柴田の後ろに立っていた。 「何やってるんですか、真中さん」 「何って、買い物だろ?」 「ひとりで?」 「あー・・・明日客が来るからさ、何か家にあったほうが良いと思って」 「へぇ、真中さんでもそんな気遣うんですね」 「こら」 日高かなと思いながら、柴田はいつものように毒づくと、真中は困ったような顔をして笑った。こうしてふたりで話していると、ここが休日の繁華街ではなくて、職場のような気がしてくるから不思議だった。真中がどこに住んでいるのか余り詳しくは知らなかったが、事務所の近くだというのは誰かが言っていたので聞いたことがある。それにしても今まで休日にばったり出くわしたことなどなかったのに、不思議なこともあるものだと思いながら、柴田はちらりと黙ったまま後ろに立つ逢坂を見やった。逢坂のことだから良くないことを考えて、そこで真中を刺す勢いで睨みつけているのではないかと思って心配になったが、柴田のそれは杞憂に終わり、逢坂はそこで酷くぼんやりした目をして、おそらく真中のことを見ていた。 「柴は・・・えっと・・・ともだち?」 すると、するりと真中が視線を柴田から逢坂に移して、首を傾げる。 「まさか、こんな若い友達はいないです」 「・・・だよなぁ、じゃあ、ええと」 「こいつは俺のこい・・・―――」

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