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第14話
「帰れ」
玄関口で振り返って、柴田は短くそう言い放った。扉に手をかけた逢坂の体が、びくりとそれに反応する。逢坂が黙っていると、柴田は靴を脱ぐと家の中に入って行った。それを追いかけようとして、また振り返った柴田の鋭い目に射抜かれて足が止まる。
「言ったよな、俺、今日は来るなって、なんで」
「ごめん、だって」
「もうお前とこういうやりしてる時間がもったいない、早く寝たいんだよ、今日疲れたし。お前そうだ、前勝手に帰っただろ、あれだって俺まだ怒って・・・―――」
「何で遅かったの、今日」
ふっと逢坂の声から温度がなくなる。柴田はそれを感じながら顔を上げた。珍しい無表情で、逢坂はそこに靴も脱がずにただ立っている。旅行の話をしようかと一瞬思ったけれど、こんな時に楽しい話をする気分にはなれなかった。柴田はさっと逢坂から顔を背けた。
「なんでって、そんな、お前に言っても仕方ないだろ、仕事だよ、仕事」
「侑史くんはいつもそうだよね、仕事仕事ってそればっかり」
「なんだよ、俺はお前と違って働かなきゃなんねぇんだよ、仕方ないだろ」
「こんなに遅くまで何やってるの。まなかさん、と一緒に、仕事だって言って何してるの」
「・・・はぁ?お前、何言って・・・―――」
無表情のままの逢坂の腕が、その時柴田にはよく見えなかった。それが伸びてきたと思ったら、急に強い力で腕を掴まれた。
「ちょ、やめ・・・―――っ」
引き寄せられてそのまま唇を塞がれる。こんなこと、ずっと前にあったような気がする。逢坂の手を振り払おうと柴田は体を捩ったが、力で全く敵わないので、上半身を捻っただけに終わる。唇が離されて考える前にそれが開いて、何か言おうとしたところで足が掬われたみたいにふっと体が軽くなって、そして気付けばそのまま廊下の上に引き摺り倒されていた。馬乗りになった逢坂が、無表情で此方を見下ろしてくる。柴田はそれを見ながらさっと血の気が引くのが分かった。逢坂のこんな冷たい目をはじめて見た。信じられなかった。
「オイ、しずか」
「ほんとに何にもしてないんなら、別にいいよね、俺、だって侑史くんの恋人でしょ」
「はぁ?・・・お前、調子にのんな!ふざけんのもたいがいに・・・―――」
振り上げた腕が、簡単に逢坂に掴まる。喉の奥が急に狭まって、ひゅっと音を立てた。
「侑史くん、俺、侑史くんの恋人なんだよね?」
電気もつけていない廊下の薄闇の中で、逢坂が何かを確かめるように呟いた。
「それともやっぱりセフレのまんまなの」
柴田は口を開いたけれど、それはそれに応えるためではなかった。何か逢坂に向かって叫ぶつもりだった言葉が、喉に引っかかって全く出てこない。冷たい目をした逢坂は、柴田のベルトに手をかけてそれをいつもみたいに手際よく外した。
「しずか、やめろって、言ってる、だろ!」
俯いた逢坂は、その日柴田の穿いていたグレーのパンツを何の躊躇いもなく剥ぎ取る。もう一度、柴田は手を振り上げた。それを振り下ろすと呆気なく逢坂の頬にぶつかった。けれど逢坂はこちらを見ようともせずに、そのまま下着に手をかける。
「しずか!」
「うるさい」
「・・・は?」
「侑史くん、うるさい」
「・・・―――」
冷たい目をして逢坂が言う。そして下着をそのまま降ろして、柴田の足を広げさせた。もうその逢坂相手に、一体何を言えばいいのか、柴田は分からなかった。
「信じらんねぇ・・・お前・・・」
ひくりと喉の奥が鳴る。逢坂は自分のベルトも外すと、そこから自分の勃ち上がった性器を出した。ゾクゾクっと柴田の背中を悪寒が走った。
「オイ、しずか、うそだろ」
後ろ孔の近くにぴたりとそれが寄せられる感覚がした。
「お前、まさか、そのまま突っ込むつもりじゃ」
「大丈夫だよ、侑史くん」
「馬鹿か、離せ、お前ホントに、頭おかしい・・・―――っ」
「いっぱいセックスしたんだから、もう大丈夫だよ」
「やめ・・・―――!」
ずずっと逢坂が押し入ってきて、柴田は体を仰け反らせて、声にならない声を上げた。信じられないくらい痛くて、そのまま意識が飛ぶかと思った。
「うぁ・・・あ・・・」
「ほら・・・入るじゃん・・・」
「馬鹿、か・・・抜けよ・・・死ぬ・・・」
口元だけで逢坂が笑ったのが、生理的な涙のせいでぼやけた柴田の視界で辛うじて確認できた。腕のひとつも押さえられていなかったけれど、体中の力が抜けている。抜けているような気がした、痛くて痛くてそれ以外の感覚が抜け落ちているような気がする。頭がぼんやりしてきて、逢坂が動くたびにただ痛くて奥歯を何度も噛んでも痛くて痛くて、それ以外考えることが出来ない。
(いたい、ほんとに、おれ、このまま、しぬ、のか)
ぼんやり考えながら見上げた視界で、逢坂の髪が揺れている。ぽたりと何か落ちてきて、汗かと思ったけれど、きらっと逢坂の目元が光って見えて、もしかしたら涙なのかもしれないと思った。柴田はひどく曖昧になる感覚の中で、それだけが何故かはっきり見えた。
(なんで、おまえも、ないて)
薄らいでいく意識の中で、逢坂と服を買いに行った時、照れて俯いていた逢坂は可愛かったなぁとか、一緒に旅行に行こうって言ったらきっと喜ぶのだろうなぁとか、考えていたことが思い出されて、あぁ死ぬ前の走馬燈はこんな風に良かった思い出だけ切り取って流れていくのだと、柴田は思った。
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