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第18話
「おはようございます」
「・・・おう、どうした、柴。お前、今日一段と・・・顔色悪いな」
唇の端を不器用に持ち上げて、会議室に入ってきた真中は開口一番にそう言った。真中が自分相手にそんなことを言うのは珍しいことだったので、多分柴田は自分の顔色が相当悪いのだろうと思いながら、それにふうと大袈裟に溜め息を吐いた。
「朝から真中さんと会議かと思うと気が重くて」
「口は元気だな!」
真中が笑いながら肩をばしばし叩いてきて、なんの拷問かと思いながら奥歯を噛む。椅子に深く腰掛けると、背骨から痛みがずるずる這い上がってくる気配がして、柴田は小さく息を吐いた。どう取り繕って見てもやはり痛いものは痛いので、帰るまでに少しはマシになっていればいいなと思ったけれど、この分ではあまりそれも期待できない。俯く逢坂が余計な気を遣わないで良いように、どうにかなればいいのにと思いながら、柴田はゆっくり息を吐く。逢坂のそれはあからさますぎて見ていられない。熱のせいかダルさがまだ体の芯には深く残っているような気配がする。広い会議室に真中と二人で向き合っていると、こんなこと会議室を押さえなくても、所長室で間に合ったのではないかという気がした。
「何だ、柴、溜め息ばっか吐いて、考え事か」
「・・・はぁ、まぁ色々」
思えば逢坂を強行に走らせたのは真中の責任だ、思いながら柴田は眉を顰める。正面で頭の上にクエスチョンマークを浮かべる真中は、まるでそんなこととは無関係みたいな顔をしていて、勿論無関係に違いはないのだったが、何だか柴田は勝手に腹が立っていた。
「ちょっとこれ、お前も一緒に考えてくれ。来年度のチーム分けなんだけど」
「異動があるんですか、珍しいですね」
「あぁうん、まぁたまには新鮮な風が入ったほうが良いだろ」
「今年、新人は誰も入らないんですか」
「あー・・・うん、まぁ今年は良いかなって」
目の前で言葉を濁す真中を見ながら、このひとは単にまだ日高を甘やかしていたいだけではないだろうかと、愚からしい推測だと分かっていても、柴田は思わざるを得なかった。そしてもう一度溜め息を吐く。以前の自分ならそういうことを考えて、胸を詰まらせていただろう。変わっている、そうやってちょっとずつ、真中と普通に喋れるようになったり、ひとつひとつに何とも思わなくなったり出来ている。自分だってそうやってちょっとずつ、自信はないけど変わっている。こういうことの積み重ねで、いつか逢坂に悲しい顔をさせないようにもできるだろう、柴田は真中が作った組織表を見ながら考えた。
「それで、お前のことも一応、考えたんだけど」
「・・・あぁ、リーダーに戻してくれるんですか?」
ふっと柴田が前のめりになる。するとそれに瞬時に真中が申し訳なさそうな顔をしたので、返事を聞くまでもなく、敵わなかったのだと知る。
「それはごめん、やっぱ無理」
「・・・だと思った」
はぁと溜め息を吐くと、真中が一層バツの悪そうな顔をしたので、柴田はダメ元だったのでいいですよと慰めるべきなのかどうか、考えていた。
「代わりって言ったら悪いけど、一応、お前にも役職をつけようかと・・・」
「役職?」
「あぁ、うん。そういうの、あった方が組織的には便利だろ?お前はそういうの嫌かもしれないけど」
「・・・はぁ」
「俺もお前に仕事頼みやすいし」
そう言って、組織表を指で弾いた真中は悪戯っぽく笑った。それはそういう体にして、ただ単に自分に面倒臭いことを押し付けるためではないだろうかと思ったけれど、何故だか柴田はその時、その真中の提案が、そんなには悪いものではない気もしていた。
「給料も上げてくれるってことですか」
「・・・柴ちゃん、俺、お前に結構毎月払ってるよね?まだいるの?」
「ありすぎて困ることはないので」
真面目な顔をしてそう言うと、真中は困ったように肘を突いて溜め息を吐いた。
「はぁ、そうですか。ほんとお前はきっちりしてるって言うかなんて言うか・・・」
椅子の背もたれにもたれて、真中は呟きながら会議室の天井を見上げた。当然の権利だと分かっているから真中も大袈裟に嫌がったりするのだろうなと思いながら、柴田は真中の顎から首のラインを何となく見ていた。別段今の待遇に不満など持っていない。だから氷川が独立の話をした時、自分とは縁のない話だと思いながらぼんやり聞いていたのだろう。余りにも現実感がなかったから。けれど真中の様子を見ていると、思っているほど氷川のそれは突飛な提案ではなかったのかもしれないと思って、少しだけ嬉しくなった。やっぱり仕事で認められるのが一番嬉しい、相手が真中だったら一層嬉しい。それは恋愛感情ではないのか、もう。柴田は考える。静かな会議室の中、真中の首がふと動いて天井を仰いでいた顔が戻ってきた。
「そうだ、お前、休みいつ取るの」
「あー・・・ちょっと相手にも聞いて見なきゃですけど、まぁ近々」
「相手?なんの」
「旅行でも行こうと思って」
「へー・・・いいねぇ、俺も行きたいわ、羽のばしてぇ」
言いながら真中がへらっと笑った。
「弟と行くんです」
「・・・弟?」
真中が一瞬意表を突かれたみたいな顔をした。
「はい」
「あ、あぁー・・・あのイケメンの!弟!」
「そうです。イケメン・・・かどうか、俺はちょっと分かんないですけど」
「へぇ、いいねぇ。仲良いんだな、俺一人っ子だから良くわかんねぇわ、そういうの」
手元の資料を真中が集めはじめて、会議はそれで終わったのだと柴田は思った。一緒に考えてくれと言われたものの、真中が考えた組織案が結局一番良いように思えて、自分はここで真中の雑談に付き合っただけだった。ふ、と短く息を吐くと、体の奥がみしっと音を立てる。
「・・・俺も一人っ子だからよく分からない」
「え?何か言った?」
真中がふっと振り返る。
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