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忍び寄る殺意

「ごめんなさい、お仕事中なのに……」 『気にしなくても大丈夫だ』 大好きな彼の声を聞くなり、また迷いが生じて。答えないでいたら、 『どうした?何かあったか?』 今度は心配そうな声が聞こえてきた。 「ええと、その……」 「生産技術課の武田です。お世話になってます。今、長澤が話せる状態ではないので、代わりに説明します」 「武田課長」 「もたもたしていたら誰か来るぞ」 見るに見かね、痺れを切らした武田課長が、僕の代わりに何があったか一通り彼に説明してくれた。 「FAXの番号?いちいち覚えて………いや、待てよ。末尾6890だっかな、確か……」 『そうですか。分かりました。色々とありがとうございます。四季に、仕事が終わったら電話をするように言ってもらっても大丈夫ですか?』 「伝えておきます」 武田課長が電話を切ったちょうどその時、他の社員が入ってきた。 「長澤、悪いがこれを封筒にいれて、須釜製作所に郵送してくれないか?」 机の上に無造作に置かれてあった書類の束をぽんと手渡された。 チラッとその社員を横目で見ながら、スマホをさっとポケットに入れてくれた。 「はい、分かりました」 頭を軽く下げてそそくさと生産技術課をあとにした。 事務室のドアを開けようとしたら、慌てて飛び出してきた長谷川さんとぶつかりそうになった。 封筒を大事そうに胸の前で抱き締め、そのまま廊下を走っていった。 今日発送する部品の数、間違ったのかな? そんなことを思いながら自分の机に戻ると、ちゃんと閉めておいたはずなのに引き出しがなぜか開いていた。 「長谷川さんがなにか探し物をしていたぞ」 湯沢常務に声を掛けられた。 「注文書が一枚足りない、そんなことを言ってたかな、確か」 「そうですか、すみません」 頭を軽く下げて引き出しをそぉーと手前に引いた。

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