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忍び寄る殺意

「あ、そうだ。エステイトハウスの桝谷さんに会って詳しい話しを聞いてきた。ついでに、今月いっぱいでアパートを退去することも」 「え?」 驚いて彼を見上げると、 「俺と一緒に暮らすの、そんなに嫌?」 ハンドルを握りながら困ったように苦笑いされてしまった。 「嫌じゃないです」 ぶんぶんと頭を横に振った。 「なら良かった。もし続くようなら警察に被害届を出そうとも考えたんだけど。どうする?」 信号機が赤に変わり車が静かに止まった。 「……警察は……嫌い……もう二度と関わりたくない……あ、ごめんなさい」 思わず本音を漏らしてしまい、しまったと気付いたときはすでに遅かった。 なんとも気まずい空気が車内を漂う。 項垂れて、膝の上のリュックサックをぎゅっと両手で抱き締めた。 信号機が青に変わり車を発車させると、道路沿いに見えてきたスーパーの駐車場に入り車を停めた。 「そうだよな」 ふうっと肩の力を抜くような長いため息混じりの声で言い、微苦笑を見せてくれた。 薄暗い車の中だけど、その表情は優しさと慈しみに溢れているような感じがした。 「辛いことを思い出させてしまいすまない。謝るのは俺のほうだ。これからは気を付ける」 引き寄せられるように和真さんを見つめていると、彼はどこか切なそうに眉を寄せ、僕の方へ静かに手を伸ばしてきた。

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