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忍び寄る殺意
頬に触れるかと思った瞬間、その手は、僕の頭にそっと置かれ、そのまま優しく髪を撫でてくれた。
「そういえばお昼大変だったんだ。女子社員に愛妻弁当ですか?って聞かれて、そうだって答えたら、みんなに冷やかされて質問責めにされた。副島には白い目で見られたけれど、不思議と腹が立たなかった」
嬉しそうに微笑みながら顔を覗き込まれた。
「女子社員に言われてはじめて知ったんだが、すき焼きは家で食べるものなのか?」
「え?」
唐突に質問されて言葉に詰まってしまった
「料理をするのが苦手で、外食やコンビニエンスストアの弁当ばかりだったから」
「じゃあ、夜ごはんはすき焼きにしますか?」
「作ってくれるか?」
「はい。今の時期、キャベツが柔らかくて美味しいから」
にっこりと笑顔で頷くと、やったー!まるで子どものように大喜びされてしまった。
「あ、でも、牛肉は高いから、値段によっては豚肉でもいいですか?」
「あぁ。四季に任せる。急いで車椅子を下ろすから。ちょっと待ってて」
車から下りて後ろのトランクを開け車椅子を下ろしていたら交通整理をしていた警備員さんに声を掛けられた。
「身障者用の駐車スペースに案内しますか?」
「あ、でも、利用証の交付がまだなので、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
爽やかなスマイルを浮かべながら軽く会釈すると、助手席のドアを開けてくれた。
警備員さんが乗り降りするとき大変だからと気を遣ってくれて。駐車禁止とステッカーが貼ってあるカラーコーンを別の場所からわざわざ持ってきてくれて、隣の駐車スペースの真ん中に置いてくれた。
スーパーに入るとき、また、誰かに見られているような気がして。水を浴びせような恐怖にうたれたような恐怖に襲われた。
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