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忍び寄る殺意

火事だ! 力いっぱいハンドリム(車椅子の車輪)をこぎ玄関へと向かった。 足が不自由な僕はベランダから飛び降りることが出来ない。唯一外に出られるのは玄関だけ。でもそこは灯油の匂いと煙が充満していた。 「和真さん……」 扉はすでに炎にあぶられ熱くなっていて近付くことすら出来なかった。 僕が一人になるのを虎視眈々と狙っていたんだと思う。 狭くて、入り組んでいて、その上一方通行。消防車が駆け付けるまで時間が掛かることもすべて調べた上で。 熱と煙に耐えきれず、口を手で押さえながら部屋の一番奥へ逃げ込んだ。窓を開けるとあちらこちらからサイレンの音がけたたましく鳴り響いていた。 住民の誰か、もしくは隣近所の誰かがきっと通報してくれたんだ。 足が自由に動けば飛び降りることだって出来るのに。自分にはそれが出来ない。それが歯痒かった。 思ったよりも火の回りが早くて、前よりもうんと熱くなっていることに恐怖を感じた。 息がうまく出来ず、苦しさに意識が遠のく。 「和真さん、助けて」 目からはなぜか涙がぽろぽろ零れ、前が霞んで見えた。 「四季!」 名前を呼ばれてふと我に返った。

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