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いつかきっと笑ってくれますか
「何も辞めなくてもいいのに」
斎藤さんに手伝ってもらい机の私物を段ボールに詰めていたら、きよちゃんに声を掛けられた。
「僕がここにいたら社長やみんなに迷惑を掛かるから。ごめんね、きよちゃん」
オークポリマーと東邦マーク。いっぺんに大口の取引先を失ったら丸和電機は間違いなく倒産する。
一社会人として、自分なりのけじめを付けた。
「まぁ、四季が決めことだから反対はしないけど……」
チラチラときよちゃんが黙々とパソコンに向かう吉村さんを見ていた。
「彼ももしかして弁護士?」
「うん、そうだよ」
「さすが朝宮家。お金持ちはやることが違うね」
「違うの。きよちゃん誤解しないで」
斎藤さんと吉村さんは彼の同級生。
二人に依頼したのは副島さん。
それが言えればいいんだけど、副島さんの正体はきよちゃんにも内緒なんだ。ごめんね。嘘付いて。心の中で何度も謝った。
武田課長が鍵付きのロッカーに黒田さんから預かった証拠品を保管してくれていた。それも段ボールにこっそりと入れた。
「長谷川さん」
事務室を出るとき彼女とすれ違った。
無視されると思っていたら、
「辞めるべきは貴方じゃないのにね」
ぼそっとそれだけ口にすると、何事もなかったように自分のデスクに座り伝票のチェックをはじめた。
工場を覗いたけど黒田さんの姿はどこにもなかった。
ありがとうってお礼言いたかったのにな……
就職してわずか3週間で辞めることになるとは思いもしなかった。
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