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暗澹
「さっき小耳に挟んだんだが、橋本さん岩水からもらった指輪を床に叩き付けて、こんな安物いらないって大声で怒鳴りつけたみたいだ。それから喧嘩がはじまった。検温しに来た看護師が仲裁に入ろうとしたら、たもくんと寝たの?この泥棒猫って、その看護師に罵声を浴びせ手元にあった雑誌やペットボトルを投げ付け、顔に怪我をさせたみたいだ」
「嘘……」
にわかには信じられなかった。
「俺も耳を疑った。信じられなかったよ」
彼に車椅子を押してもらい、勇気を出してもう一度病室に向かった。
お巡りさんは立っていなかったけど、激しく口論する声が廊下にまで響いていた。
「止めなきゃ」
ドアノブに手を伸ばそうとしたら彼に止められた。
「火に油を注ぐだけだ」
「でも……」
「当人同士の問題だ。他人である俺たちが口を挟むことではない」
「他人じゃないよ。きよちゃんとたもくんは……」
見上げたその顔は、本当に僕を心配してくれるものとわかるものだった。
途端に、胸がぎゅっと軋む。
僕と目の高さを合わせるように床に膝をつき、
「帰ろうか」
にっこりと微笑んだ。
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