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狂気
「タオルがないか探してくる」
男性スタッフが給油所にタオルを取りに行ってくれた。
その直後、スーツの上にグレーのジャンパーを羽織った男性がタオルを手に直売所に入ってきた。農協の職員かな?グレーのジャンパー見たことがあるもの。
さほど不審に思わず、どうぞと差し出されたバスタオルを受け取った。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、顔を上げた直後、
「静かにしろ。声を出したら殺すぞ」
鋭く低い声で脅され、小型のナイフを喉元に突き付けられた。
恐怖のあまり顔が引きつり、がたがたと身体が小刻みに震える。
みんな男性が農協の職員だと思い込んでいるからか、異変に気付いていない。
お願いだから、誰か気付いて。
矢野倉さん早く戻ってきて。
焦りばかりが募り、回りを見ている余裕などなかった。
だから気付いた時には傍らに帽子を被ったマスク姿の男が立っていて、腰を抜かすくらい驚いた。
「 ーー四季、迎えに来たよ」
ニヤリと薄笑いを浮かべながら見下ろされ、
あ、この声……。
聞き覚えのあるその声に、全身が凍り付いた。
「嘘……なんで……」
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