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信じていたひとの裏側に隠されていた、もうひとつの顔
「まなみ先生ってどんな先生?」
洗い物を分担して片付けて、すぐに外に出れるようリュックサックに着替えや財布を入れていたら彼にそんなことを聞かれた。
「いつもニコニコしてて優しいから子どもたちにはまなみ先生って呼ばれて慕われていた。ダンスをしたり追い駆けっこしたり水遊びをしたり、休む暇なく動き回っていたんだよ。そういえば一回だけ寂しそうにぼんやりと夜空を見上げるまなみ先生を見掛けたことがあるんだ。永い結婚生活であの人の心は自分から離れてしまった。私に子どもさえいれば、こんなにもひどく淋しい想いを経験することもなかったのにね、そう一人言を呟いていた。まなみ先生の足元に紙が落ちていて、手を伸ばし拾おうとしたら、ガキが見るもんじゃないって怒鳴られた。いつものまなみ先生じゃなかったからすごく怖かった。紙には確か何とか届って書いてあったんだ」
あともうちょっとで思い出せそうなのに。
ギシっと床が鈍く軋む音にどきっとして天井を見上げると、さっきまでなかったシミが出来ていることに気付いた。それはじわじわとまるで這うように広がっていった。
そしてもうひとつ。鼻をつくこの独特の匂い。間違いない灯油だ。
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