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コオお兄ちゃんのすきなひと

「四季はみんなのだ。和真ひとりのモノじゃないぞ」 お尻の下に手がスッと入ってきて、ふわりと体が宙に浮いた。 「コ、コオお兄ちゃん!」 突然のことにぎくりとし、どこを見たらよいのか分からなくなった。 「副島!」 彼が声を荒げた。 「俺が四季を落とす訳ないだろう。四季にどうしても見せたいものがあるんだ。少しくらい貸してくれ」 そのまま窓にゆっくりと近付いた。 空を見上げれば白雲が漂っていた。 「出生記念に市に申請すれば記念樹をもらえる。四季の家族は当時アパートに住んでいたから、母さんがハナミズキの苗を四季の母親から預かって庭に植えたんだ。白い花が咲いているのがそうだ。分かるか?」 コオお兄ちゃんに言われ視線を巡らせた。 芝生に沿って植えられた低木の中に可憐な白い花を咲かせるハナミズキの木があった。 そのとき、笑顔でハナミズキを見上げる男のひとと女のひと、小さな男の子の姿が目蓋に浮かんできた。 幼すぎて両親のことはなに一つ覚えていない。顔も写真でしか見たことがない。 「コオお兄ちゃん、僕ね、父さんと母さんの顔と、まこちゃんのこと少しだけど思い出した。僕、まこおばちゃんじゃなく、まこちゃんって呼んで、いつもくっついて歩いていたんだ」 「泣くことでもないだろう。何度も言ってるが、お前は家族にも俺の両親にも愛されていたんだ」 コオお兄ちゃんに言われてはじめて泣いていることに気付いた。

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