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命をかけても守りたいもの

あと数センチ。指先がドアノブに届かなかった。 腰を浮かし懸命に手を伸ばしていたら、僕のあとを追い掛けてきた彼がドアを開けてくれた。 「段差があって危ないから四季はここから動かない方がいい」 彼が僕の代わりに外に飛び出してくれた。 「武田さん、帰って来るのをみんなでいつまでも待ってます。だから、絶対に戻って来て下さい!命だけはどうか大切にしてください!」 人通りもまばらな夕闇が迫る町に彼の声が響く。 武田課長は無言で深々と頭を下げると、阿部さんが手配してくれたタクシーの後部座席に一緒に乗り込んだ。 「四季くん、私もK分署に行ってくるわ」 「ひとりで大丈夫ですか?」 「黒田さんが付き添ってくれるから大丈夫よ」 隆之さんは遠征中で不在のため、初瀬川さんが確認のため市内にある北分署に赴くことになった。 たもくんも今頃斎藤さんと向かっているはず。 園長先生が実の父親で、きよちゃんとは血の繋がった兄弟。まなみ先生が叔母だと斎藤さんからいっぺんに聞かされパニックを起こしたたもくんは部屋にこもり、丸一日中泣き叫び、喚き散らし、しまいには自分の髪を強く引っ張り、壁に頭を打ち付け、爪で体のあちこちを引っ掻いて自傷行為に走った。 斎藤さんと吉村さんとかかりつけ医、三人がかりでなんとか押さえた。そんな話を彼から聞いた。今はだいぶ落ち着いたみたい。

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