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命をかけても守りたいもの

「マスコミも警察もいない。安心しろ。櫂さん、斎藤たちにもなにか飲み物をお願いします」 彼が厨房に立つ櫂さんに声を掛けてくれた。 「夕御飯は?」 「まだだ。岩水は朝からお茶以外は何も口にしていない」 斎藤さんか答えると、 「食べ物が喉を通らないんだ」 たもくんが寂しそうにぽつりと呟いた。 「櫂さん、岩水に消化のいいものをお願いします」 「分かった。他のみんなはお任せで大丈夫?これはハーブティーだよ」 櫂さんが飲み物を運んできてくれた。 「岩水、オークポリマーの営業の武田部長のことを覚えているか?」 「金型の打合せで何度か会ったことがあります。武田課長と双子じゃないかってくらいそっくりですよね」 「その武田がお前の面倒をみたいと言ってる。子どもたちも巣立ち、奥さんとふたりきり。たまりにたまった有給を全部使えば、一ヶ月は休める」 思いがけない彼の言葉にたもくんが目を丸くし、なんで?首を横に振り、否定の言葉を口にした。 「休み時間も機械の前に座り、熱心に金型と向き合う姿を武田は何度も見掛けたそうだ。今の若者も捨てたもんじゃないと、感心したそうだ。須釜製作所の社長からお前のことを聞きて、助けたい一心で和真のところに相談に来たんだ。岩水、悪いようにしない。よく考えてから決めろ」 コウお兄ちゃんがたもくんに伝えると、下を向き黙り込んでしまった。

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