431 / 588
初めての家族旅行
「はたから見たら痴話喧嘩にしか見えないな。紘は、吉村の下の名前だ。昴は副島を追い掛けてA大学に入学して、それからオークポリマーに就職したんだ。これから結婚式を挙げるのは、昴とは同期で名前は高瀬。オークポリマーと取引のある沖通信サービスっていう会社の取締役をしているんだ」
「沖通信サービス?」
あれ、どっかで聞いたような。
「丸和電機と須釜製作所のOA化を一手に手がけた会社だ」
「そうだった。ごめんなさい」
すっかり頭から抜けていた。
「就職してから1ヶ月足らずで仕事を辞めたんだ。忘れていても仕方がないよ」
昴さんは生産技術部に勤務していて、主に設計の仕事をしているんだ。彼がそっと教えてくれた。
「副島たちを待っていたら明日になる。先にホテルに向かおう」
櫂さんがスマホを片手に歩きだした。
「調べたらここから徒歩で10分くらいの距離にあるみたいだよ」
彼に車椅子を押してもらい、鶴ケ城の天守閣を横目で眺めながら移動を始めた。
歩道が広めで平坦で良かった。でこぼこしてなくて良かった。5分ほど歩くとお洒落な外観のホテルの建物が見えてきた。
「副島のかつてのバイト仲間が働いているらしい。東山温泉か湯野上温泉の旅館を予約するつもりでいたら、たまたま彼から、たまには遊びに来いって電話が掛かってきたみたいで、気付いたら予約していたみたいだよ。部屋はバイアフリーツインと和室だ。四季と同じ部屋に泊まりたかったけど、姉さんが一番楽しみにしていた旅行だし、今回だけ姉さんに譲ることにした」
櫂さんが急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「僕たちに手を振っている男性がいるんだ」
「副島は昴と痴話喧嘩の真っ最中だよ。すぐには来れないよ」
「それはそうなんだけどね」
彼と櫂さんが目を皿のようにして男性を見つめた。
ともだちにシェアしよう!