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初めての家族旅行

「はたから見たら痴話喧嘩にしか見えないな。紘は、吉村の下の名前だ。昴は副島を追い掛けてA大学に入学して、それからオークポリマーに就職したんだ。これから結婚式を挙げるのは、昴とは同期で名前は高瀬。オークポリマーと取引のある沖通信サービスっていう会社の取締役をしているんだ」 「沖通信サービス?」 あれ、どっかで聞いたような。 「丸和電機と須釜製作所のOA化を一手に手がけた会社だ」 「そうだった。ごめんなさい」 すっかり頭から抜けていた。 「就職してから1ヶ月足らずで仕事を辞めたんだ。忘れていても仕方がないよ」 昴さんは生産技術部に勤務していて、主に設計の仕事をしているんだ。彼がそっと教えてくれた。 「副島たちを待っていたら明日になる。先にホテルに向かおう」 櫂さんがスマホを片手に歩きだした。 「調べたらここから徒歩で10分くらいの距離にあるみたいだよ」 彼に車椅子を押してもらい、鶴ケ城の天守閣を横目で眺めながら移動を始めた。 歩道が広めで平坦で良かった。でこぼこしてなくて良かった。5分ほど歩くとお洒落な外観のホテルの建物が見えてきた。 「副島のかつてのバイト仲間が働いているらしい。東山温泉か湯野上温泉の旅館を予約するつもりでいたら、たまたま彼から、たまには遊びに来いって電話が掛かってきたみたいで、気付いたら予約していたみたいだよ。部屋はバイアフリーツインと和室だ。四季と同じ部屋に泊まりたかったけど、姉さんが一番楽しみにしていた旅行だし、今回だけ姉さんに譲ることにした」 櫂さんが急に立ち止まった。 「どうしたの?」 「僕たちに手を振っている男性がいるんだ」 「副島は昴と痴話喧嘩の真っ最中だよ。すぐには来れないよ」 「それはそうなんだけどね」 彼と櫂さんが目を皿のようにして男性を見つめた。

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