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初めての家族旅行

視界に嬉しさを湛えた彼の顔が映る。 そっと目を閉じると、唇に柔らかなものが触れた。 その直後。 ぱあん、と頬を打つ音がした。 どきっとしてその音が聞こえてきた方を見ると、 「もういい加減にして!」 昴さんの怒った声が廊下に響いた。 「僕と兄さん、どっちにするかはっきりしてよ」 言い捨てると勢いよく駆け出した。 「昴!」 コオお兄ちゃんがあとを追い掛けた。 「どいて、邪魔」 昴さんに車椅子を力一杯押されて、バランスを崩し引っくり返りそうになった。 「おぃ、昴」 滅多なことでは怒らない彼が声を荒げた。 「うるさい。部外者は黙ってて」 忌々しそうに舌打ちして啖呵を切ると走り出した。でもすぐに戻ってきた。 コオお兄ちゃんのところじゃなく、なぜか僕のところに。 「疫病神ってみんなに言われない?知らぬは本人だけ。いいよね、いつも守ってもらって。愛してもらって。僕なんか振り向いてももらえないよ」 昴さんが手押しハンドルのグリップをぎゅっと握りしめると、部屋とは逆の方向に猛然と駆け出した。 「昴さん待って」 この先にあるのは階段だ。最悪の事態が脳裏をよぎった。 今のこの状況でブレーキをかけたら間違いなく車椅子ごと引っくり返る。でも階段から落ちるよりはまし。手を伸ばし延長ブレーキ棒を握ると自分の方に思いっきり引っ張った。 「昴、止めろ!」 彼とコオお兄ちゃんが慌てて追い掛けて来てくれた。

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