434 / 588
初めての家族旅行
視界に嬉しさを湛えた彼の顔が映る。
そっと目を閉じると、唇に柔らかなものが触れた。
その直後。
ぱあん、と頬を打つ音がした。
どきっとしてその音が聞こえてきた方を見ると、
「もういい加減にして!」
昴さんの怒った声が廊下に響いた。
「僕と兄さん、どっちにするかはっきりしてよ」
言い捨てると勢いよく駆け出した。
「昴!」
コオお兄ちゃんがあとを追い掛けた。
「どいて、邪魔」
昴さんに車椅子を力一杯押されて、バランスを崩し引っくり返りそうになった。
「おぃ、昴」
滅多なことでは怒らない彼が声を荒げた。
「うるさい。部外者は黙ってて」
忌々しそうに舌打ちして啖呵を切ると走り出した。でもすぐに戻ってきた。
コオお兄ちゃんのところじゃなく、なぜか僕のところに。
「疫病神ってみんなに言われない?知らぬは本人だけ。いいよね、いつも守ってもらって。愛してもらって。僕なんか振り向いてももらえないよ」
昴さんが手押しハンドルのグリップをぎゅっと握りしめると、部屋とは逆の方向に猛然と駆け出した。
「昴さん待って」
この先にあるのは階段だ。最悪の事態が脳裏をよぎった。
今のこの状況でブレーキをかけたら間違いなく車椅子ごと引っくり返る。でも階段から落ちるよりはまし。手を伸ばし延長ブレーキ棒を握ると自分の方に思いっきり引っ張った。
「昴、止めろ!」
彼とコオお兄ちゃんが慌てて追い掛けて来てくれた。
ともだちにシェアしよう!