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もしもはもしも。①

※2014年の夏の終わり。    エアコンの風を受けて、黄ばんだカーテンが小さく揺れている。外はまだ残暑が厳しいだろうが、病室の中は快適だ。夕方だからか、暑苦しいセミの声もあまり聞こえない。  室内も静かだ。男Ω専用の二人部屋だが、同室の奴のとこにも俺のとこにも、見舞い客はほぼ来ない。昼飯のあと、使用済みの布オムツと産着をリネン室に置きに行った時、普通の産後病室の前を通ったが、どこも来客中で賑やかだった。  同室の奴はまだ二十歳そこそこだそうで、小柄で華奢で、髪も長く、女と見紛うようななりをしている。こういう奴が出産しても、誰も驚きはしないんだろうな。かたや俺はといえば、一見、ただのオヤジにしか見えない。産科病棟には場違いな感じだ。時々、巡回の看護師でさえ、俺を見て、産婦のベッドを旦那が横取りして寝てるのかと勘違いし、ギョッとする。  せめて十年前なら、こんなに浮かなくて済んだのかなと思う。おチビがちゃんと十月十日で産まれてきていれば。  コットの中が妙に静かだ。俺はベッドの柵に掴まり、よっこらせと身体を起こした。腰骨がギシギシと軋んだ。そうっとコットを引き寄せて見ると、チビ助は終電に揺られるお疲れサラリーマンみたいに、深いため息を吐いた。おっさんっぽいけど、よかった、ちゃんと息してて。  よく寝ているところ、迷惑じゃないだろうか。いや、親が我が子を抱っこするのに、迷惑もなんもなくないか? なんて考えてから、やっぱりチビ助を抱き上げた。チビ助は俺の腕の中でビュンと勢いつけて両手をばんざいの形に上げ、むずかった。でも軽く揺らしながら尻をトントン叩いてやると、すぐまた眠りに落ちた。  チビ助をコットに戻さず、そーっと枕の隣に寝かせて、俺も横になった。やっぱり姿が見えると安心だ。しかし、ベッドの柵の隙間が、チビ助の頭よりも幅広なのがなぁ。チビ助は自力では動けないが、俺がうっかり寝返りでも打った拍子に、チビ助を押してしまったら……。  寝ない、絶対に寝ないぞ! と自分に言い聞かせる。どのみち、あまり眠くないんだけど。  ボーッと黄ばんだカーテンを見上げていて、学校の保健室みたいだなって思った。昔はよく、生理痛でダウンしたなぎさに付き添った。あの頃は、自分がΩであることを深刻に思っていなかった。漠然と、将来は俺も普通の大人の男になると思っていた。もしその通りになっていたら、俺は今も付き添う側だったはずだ。二人目とか、もしかすると三、四人目を産んだ嫁さんのために、足しげく産院に通う俺。それはそれで幸せなんだろうが、そこにいる赤ん坊は、チビ助やおチビとは別人だ。

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