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もしもはもしも。②

 コンコンとノックの音がした。ドアは常に開けっ放しなのに、律儀なことだ。革靴の足音が入ってくる。ゆっくりとした歩みは、看護師や医者でもなく、隣のベッドの奴の(つがい)でもない。 「アキ、」 「なんだよ」 「入ってもいいか?」 「どうぞ」  カーテンが少し開いて、長身の男が俺のスペースに入ってきた。 「お見舞いに来たよ」  誓二(せいじ)さんだ。相変わらず身なりと姿勢がよくて、アラフィフには見えない。うーん、バースプランに知玄(とものり)とお袋以外の面会は全部お断りって書いたんだけどな。ま、この産院、色んな部分が適当だから、仕方ないのか。  そのまま寝てていいと言われたけど、俺は起きて正座し、チビ助を膝の上に抱いた。 「せめて足は崩しなよ」  俺は首を横に振った。ケツが痛いと、結局この座り方が一番楽なんだ。 「これ、少ないけど。お返しはいいからな。そしてこれは坊やにお土産。で、これはお前のおやつ」 「ありがと」  誓二さんは、俺の目の前にのし袋と小さなケーキの箱を置き、サイドテーブルに紙袋を置いて、パイプ椅子に腰を下ろした。そして興味深そうに俺をしげしげと見る。なんだかバツが悪い。と、ちょうど良いタイミングで、チビ助がくわぁと欠伸をし、目をあけた。 「抱っこしてみる?」  間を持たせるためにチビ助を使うようだが、どうせ誓二さんは産まれたての赤ん坊を抱っこしたくて、わざわざ遠路はるばるやって来たんだ。案の定、誓二さんは「いいの?」と腰を上げた。俺は誓二さんにチビ助を預けた。大柄な誓二さんの腕の中にすっぽりつつまれると、ただでさえ小さいチビ助は、ほんとうに小さく見える。 「ちっちゃいなぁ。アキによく似てる。というより、徳治兄(とくじにい)に似てるのかな、あはは」  誓二さんは嬉しそうだ。ほんとうなら、俺がこの人を父親にしてやるはずだった。十代の頃、年々悪化する発情期(ヒート)の間に匿ってもらう代わりに、俺は将来この人の子供を産んでやると約束した。誓二さんの婚約者だった暁美(あけみ)ちゃんが子供を産めない体質だったからだ。  もしも暁美ちゃんが不慮の事故で死んでいなければ、今頃俺は、誓二さん夫婦の為に二人目か三人目の赤ん坊を産んでいたかもしれない。または、暁美ちゃんの死後、俺が逃げなければ、誓二さんは今頃、俺の産んだ子の父親だったかもしれない。 「俺が坊やを見てる間に、ケーキ食べちゃいな。お前が好きなやつを買ってきたんだから」  誓二さんがそう言うので、俺は小さな箱を開けた。中には俺の好物のチーズケーキが入っていた。ありがたくいただくことにする。ひと(さじ)すくって口にすると、懐かしい味がした。 「ん、美味い」  俺が言うと、誓二さんは目を細めて頷いた。

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