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もしもはもしも。③
美味いのはいいけど、チビ助がむずかり始めた。しきりに舌をペロペロし、小さな拳をしゃぶり、まだよく見えないはずの目でこっちを見る。不思議なことに、俺が何か食べようとするといつもこうだ。絶妙なタイミングで腹が減ったとアピールしだす。
チビ助に大声で泣かれて隣の奴を起こしてしまうのもなんだから、俺はケーキを諦めてテーブルに置き、誓二 さんからチビ助を返してもらった。誓二さんの前では、今更遠慮することはない。俺はパジャマの前を開けて、チビ助を抱き寄せた。
「ほらチビ助、おっぱいだぞ」
チビ助は足をじたばたさせながら乳首に吸い付こうとするが、焦れば焦るほど顔が乳首から遠ざかっていく。俺はチビ助の後ろ頭を掴んで、半ば無理やりチビ助の顔を乳に押し付けた。チビ助はやっと乳首を見つけると、ぶつくさ文句を言うような声をあげつつ、吸いはじめた。とぷっとぷっと規則的な音が鳴る。
「想像してたのと違うな。カツオ捕ったぞー、って感じだ」
確かに。チビ助は、全身を床と水平にピンと伸ばした格好で俺の胸に顔を埋めている。この授乳スタイル、思ったよりも母子感がないなと俺も思う。助産師は、この姿勢が理想的だという。乳首が捻れないから、乳腺炎になりにくいんだそうだ。
「ケーキ、あーんしてやろうか?」
「えっ、いいよ」
思わず、嫌だという気持ちを声と顔で全力で表現してしまった。我ながら、恩知らず過ぎる。誓二さんには、うちの会社の倒産手続きの際に、散々世話になったっていうのに。
誓二さんの手がのびてきた。ガキの頃のように、髪をわしゃわしゃと掻き回された。
「これで良かったんだなって、思うよ」
「出たよ、あんたのヘンなポジティブシンキング。変わんねぇな」
過去のどんなに辛く悲しい出来事も、未来の幸せのためにあったと思えば、宿命 だったと諦められる。この人は昔から、そういう考え方をする。ほとんど狂気じみているほどだ。でも今となっては、俺もちょっと、分かる気がしないでもない。
「さて、そろそろ行こうかな。あまり遅くなるとカミさんが心配するし、お前の番も俺がいちゃあ落ち着かないだろうしな。じゃあな、アキ。無理せずに、身体をちゃんと休めるんだぞ」
「うん、ありがとう」
誓二さんが立ちあがり、カーテンを開けると、そこには知玄 が、情けない顔をして突っ立っていた。
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