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もしもはもしも。④

「お前、会社はどうしたの?」 「二週間ばかり、休みを取ることにしました。社員のみんなに叱られちゃいまして。『社長! 今、側にいてあげなかったら、パートナーさんに一生恨まれますよ!』だなんて。もともと、通常業務は僕が不在でも回るようにしてありますからね。どうしても外せない用件のある時だけ、東京に戻らなきゃいけないですけど」  知玄(とものり)はチビ助を左手に抱っこしてあやしつつ、右手で器用にミルクを作りながら言った。おかげで俺は食べかけだったチーズケーキをゆっくり味わうことができた。  隣の奴は、少し前にシャワーを浴びに行った。だからこの部屋は、今は俺と知玄とチビ助の、家族水入らずだ。チビ助にちょっと愚図られても、慌てることはない。 「お兄さんがそんな風に僕を恨んだりはしないというのは、知ってます。でも、頼みの綱がお母さんでは、心配ですからねぇ」  知玄は哺乳瓶を回しながら言った。 「あぁ、ぶっちゃけお前がいてくれると助かる。母さんに何か頼むと『えー、めんどくさーい』って断られるもん」 「だと思いました。あ、頼まれたもの、持ってきましたよ。洗濯ばさみと毛布、そこの紙袋に入ってます」 「悪いな、ありがと」  俺はテーブルの上を片付けて、知玄が持ってきてくれた紙袋の中身を出した。あり合わせのもので良かったのに、知玄はわざわざ新品を買ってきてくれた。だがその方が、看護師に見つかった時に不潔だなんだと文句を言われなさそうで、いいかもな。  しばらく知玄が手伝ってくれるなら、何とかなりそうだ。知玄には知玄の生活があるのに、俺のために時間を使わせるのは、気が引けるけど。 「さぁ、ミルクが出来ましたよ。たっぷり飲んでくださいね!」  知玄がチビ助の口元に哺乳瓶を近づけると、チビ助は首を左右に小刻みに振りながら、ゴム乳首にふるいついた。チビ助は腹減らしだが、口に入れば母乳でも粉ミルクでもどっちでもいいらしいので、助かる。  知玄の持ってきてくれた毛布を、ベッドの柵に横長にかけて、洗濯ばさみで留めた。これでチビ助をベッドに寝かせても、柵の隙間から落としてしまう心配がなくなった。  一安心したら、急に眠たくなってきた。夜泣きに備えて、ちょっと休んでおくかと思い、ごろんと横になった。 「お父ちゃんはおねむの時間です。でも理仁(りひと)の相手はこの知玄がしてあげますから、いい子にしていましょうね」 「名前決めたん?」 「はい。道理に明るく情け深い、僕らの光の理仁くんです。いいでしょ?」 「うん、すっごく良いと思う」  知玄と話し合って、うちには父ちゃんとばあちゃんとチビ助改め理仁しかいない、ということにした。そして、東京には知玄、天国には姉ちゃんとじいちゃんがいる。それが理仁の家族だ。普通じゃない家族だけど、普通じゃないからこそ、理仁は生まれた。  夕焼けの光がカーテンを透かし、室内は金色の光に満ちている。変な歌をうたいながら理仁をあやす知玄に、後光が差して見える。   (おわり)

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