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お兄さんだって(たまには)いいことがしたい!②

 這入(はい)ってもいいのかな? さっきはあんなに嫌がっていたのに。 「失礼します」  僕が布団に身体を滑り込ませると、なんと、兄はくるりとこっちを向き、僕の腕の中に潜り込んできた。服越しに僕の胸にあたる、兄の吐息が熱い。スンスンと兄はまた鼻を鳴らし始めた。僕は兄の背中をゆっくり撫でた。 「……い?」 「はい?」 「だから、俺キモい?」 「えぇ!?」  兄が僕の枕をくすねてスンスンと嗅いでいたのを、僕は可愛いと思いこそすれ、気持ち悪いなどとは思わないけれども。 「やっぱり、俺キモいよな。妊娠中なのに、こんなに盛ってて」  その発想はなかった。 「僕、キモいなんて思いません」  とはいえ、日頃は僕ほど性欲がないらしい兄が、妊娠中に限ってこんなに辛抱たまらなさそうにしているなんて意外だ。  兄がの膝が僕の脚の間に割って入った。 「お前は全然、したくなさそう」  うっ。実はそうなのだ。もうずーっと、兄に対して欲情していない、できない。兄の(かぐわ)しい匂いを嗅ぐと、以前は獣性の欲求がムラムラと湧いてきて我慢し難いほどだった。なのに、今は何故か逆に和みモードに入ってしまって。こうして兄の背中を撫でていると、目蓋が重たくなってきて、寝落ちしてしまいそう……。  そんな訳で、もう四ヶ月以上、兄としていない。最後にしたのは、年末に僕の誕生祝いにかこつけて、兄を東京に呼び出した時。それからしばらくは、お互いなんやかんや忙しくて、連絡を取り合うことすらままならず、そして次に会った時には兄は既に妊娠していた。  こうして振り返ってみれば、僕はなんて現金なやつなんだろう。番になってもらったときばかり熱心に求め、いざ孕ませたとなれば、掌を返すかのように淡白になるとは。これが逆に、妊娠した途端に兄が一切僕を受け入れてくれなくなって、なのに僕の方は性欲がムラムラだったとしたら、仕方ないことと僕は納得出来るのか? 悲しい、寂しいと思うのではないか? はぁ、僕はなんてろくでもない奴なんだ。 「やっぱキモいかな……」  そ、そんな! 沈黙が答えみたいな受け取り方はしないでください! でもでも、考えてみれば、妊娠中に妊娠する為の行為を必要とすることってあるのか? という疑問はある。 「ググります」 「えっ」  悶々と一人で考えたってしょうがない。なにせ、ついさっき兄に問われるまで、人生で一度も感じたことのない疑問なんだから。こういう時はネットの集合知に素直に頼るべきだ。  僕は布団を抜け出し、枕元に置いておいたスマホを取り上げると、検索窓に『妊娠中 性欲』と打ち込んだ。そして虫眼鏡マークをクリックすると、やっぱり、沢山の記事がヒットした。自分が疑問に思うこと、大抵人類のみんな、すでに疑問に思い済み、なんなら解決済みの法則だ。 「どうやら妊婦さんにより様々みたいですね。ある人は性欲がゼロになり、またある人は妊娠初期から産む直前までずっと欲求不満。お兄さんは後者でしょうか」  スマホから顔を上げると、兄は横になったまま、顔を上半分だけ布団から出し、僕をジーッと見つめていた。『疑わしい』と言いたげな目だ。しかし現に今、兄は高まる性欲をもて余して悶々としている最中ではないか。

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