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キスの日はやっぱり、お兄さんとキスがしたい!①

 こんな日に限って兄は、無防備なことに茶の間にパンツ一丁で転がって爆睡していた。こんな日とは。僕の同期の女子達が今日を「キスの日」だと言っていたのだ。  ああ寝てる! すごくよく寝ていますねお兄さん! 出来ることなら僕は、お兄さんの唇を奪ってしまいたい!! やりませんけど……。  もしも父がこの様子を見たら、そんなとこで寝るなと頭を蹴飛ばすだろう。父も母も今は一階の事務所にいるからいいけれど。 「お兄さん、起きてください」  僕は兄の肩を揺すったが、兄はちっとも目を覚まさない。きっと疲れているのだ。ゴールデンウィークが明けてから、夏祭りの太鼓の練習が始まったので、兄は毎晩遅くまで公民館で練習をしている。しかも今日は、大型免許の教習に行っていたようだ。  兄の頭の横に、くしゃくしゃになったバスタオルがあった。シャワーを浴びてからここまで来て、力尽きたらしい。お疲れのところ可哀想だし、このままそっとしておこうか。そもそも、兄がこんな所で寝ていると怒られるのは、僕に対して隙を見せるなっていう意味なんだしなぁ。あ!  全ては、僕のせい……ですよねー。  無理に兄を起こさなくても、僕が退散すれば万事解決なんじゃないか。では、抜き足差し足忍び足っと、その時。 「ふっっっざけんなよバーロー」  僕はつい足を止めた。 「そんな配合で出せるかよクソボケ! そんなん使ったら十年も持たずに崩落するぜダボがっ」  久々に聞く、兄の寝言だ。お兄さんの寝言は面白い。現実にありそうなことしか言わないからだ。多いのは仕事の愚痴。もしかすると現実に仕事中に起こったことを追体験しているのかもしれない。普通は、さっきのような暴言を客に対しては言わないと思うけど、兄の場合は面と向かって言い放つと、現場まで兄に同行したことのある茜ちゃんが言っていた。 「あー、くっそムカつく。死ね死ね、死ねよもう」  それはさすがに、出先で言っていないといいな。  兄は死ね死ね言いながらごろりと仰向けになり、脚を大股に開いた。ブリーフパンツ以外何もまとわずにその格好はないです。  僕は兄をじろじろ見ないよう目を逸らしながら、畳の上に落ちていたバスタオルを拾い上げた。タオルの端と端をつまんで、えいっと開いた。水気を多く含んでいたせいでタオルは思ったよりも速い落下速度で、兄の股間めがけて落ちた。ちゃんと隠せた。でも、今度はまるで何も履いていない人みたいになってしまった。もっとお腹を隠さないと恥ずかしいし、風邪を引いてしまう。やっぱり上掛けを持ってきてかけてあげた方が良さそうだ。  僕が自分の部屋からタオルケットを持って来ると、兄は茶の間の出入口に背を向けて眠っていた。 「くすんくすんくすん、くすすすん、くすんくすんくすん」  兄にしては斬新な笑い方だ。一体どんな良い夢を見ているのだろう?

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