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第5話その三

 人通りも車の流れも少なくなった通りを、赤灯を点けた小型のパトカーがゆっくりと走行していく。サイレンを鳴らしての緊急走行ではなく、通常の防犯パトロールだ。店舗のガラスや道路標識に反射する赤色が、暗い街中に鮮やかに映える。 「今日はもう、何もないといいっすねぇ」  暗い車内で、助手席の田村がこぼす。ミニパトの運転を上司である旭にさせておきながら、やけにくたびれた口調だ。 「そういうことを口に出して言うなって、前にも言ったろ。気を抜くのは引き継ぎが終わってからだ」  ハンドルを握っている旭が、前を向いたまま田村をたしなめた。 「すみません、つい。なんでしたっけ? ジンクス、でしたっけ?」 「そうそう。『何もない』とか『静かだ』なんてこと言ってると、現場が入るって。昔から言われてんだよ。古い人の中には本気で信じてる人いるから、迂闊に口にするとマジで怒られるぞ」 「科学的な捜査を重視、とか言っておきながら、意外と迷信深いんですね、うちの組織」  その点については旭も同意見だったので、思わず苦笑してしまった。  時刻は午後10時を回ろうとしていた。遅めの夕食を摂った2人は、一服してから夜間のパトロールに出ていた。  夕方の交通事故は信号無視に起因するものだった。一方の運転手は横転した車両内に一時閉じ込められていたが自力で脱出。幸いなことに事故当事者に大きなケガもなかった。事故車両が交差点内に残されていたため、レッカー車が到着するまでの間、旭と田村はひたすら交通整理に従事したのだった。 「腕とか肩、痛くないっすか、佐倉部長」 「そりゃ、多少はな」  事故の処理は、交通課の事故係が担当だ。地域課の旭と田村は、事故処理が終了し事故車両が運ばれるまでの2時間、赤く光る誘導灯を振り続けていたのだった。 「今日はもう、交番で待機しましょうよ。部長、普段から『休める時にはしっかり休め』って言ってるじゃないですか」  田村の気持ちも分かる。いつ何時どんな事案が飛び込んでくるか分からない警察官にとって、休める時にはしっかり休む、食べられるときにちゃんと食べるということは重要なことだ。それらは体調管理、現場対応時の集中力に関わる。田村の言う通り、それは普段旭が田村に指導していることの一つでもあった。  普段ならそうしていたかも知れない。しかし旭には、気がかりなことがあった。 「すまん。もう少しだけ付き合ってくれ。前の件もあるし」  田村はため息をついた後、座ったまま大きく伸びをした。「……っしゃ!」と、小さいながらも気合いを込める声が聞こえる。 「そうですよね。前に不審者通報あったの、こんぐらいの時間でしたもんね」  前の件と言われて、田村が旭の意図に気がついたようだった。旭はそのことに気づき、少しだけ頬が緩む。まだまだ頼りない部下だが、少しずつ成長しているのかも知れない。 「でも正直、今日はもう何の現場もないと思うんですよねぇ」  上司が自分のことを見直しているとは全く気がついていない田村が、のんきな言葉を放つ。 「だから、そういうことを口に出して言うなって……」  旭が田村をとがめたその時、旭たちが携行している無線機が鳴った。 『北部署から、駅西移動』  警察署から、旭たち駅西交番をコールする無線だった。旭は運転中のため、田村が応答する。 「駅西移動です。どうぞ」 『不審者情報送る。1時間ほど前から、公園内に不審な若い男がいる。何をしているかは不明。不審であるため警察官対応してほしいとの通報。場所にあっては――』  現場は住宅地にある公園だった。通報が入ったとは言え緊急性はあまりないので、サイレンは鳴らさずそのまま現場へと向かう。  先ほどまでの緩んだ空気と異なり、緊張感の増した車内で、田村が申し訳なさそうにつぶやいた。 「なんか、すみません……」  お前のせいじゃない、と旭は思ったが、敢えて口には出さなかった。

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