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第5話その四
本署からの指示を受けてから程なくして、旭たちのミニパトは現場である公園に到着した。
「不審者情報現着。ただいまから捜索します」
現場に到着した旨、田村が無線報告を入れる。一足先にミニパトを降りた旭は、LEDライトで公園内をざっと照らした。
現場の公園は、新興住宅地の中に作られたものだった。さほど広いものではないがベンチや水飲み場もあり、ブランコや滑り台などの定番の遊具も一通り備え付けられている。外灯もあるにはあるが、さすがに公園全体を照らし出すほどには数も明るさもない。日中ならば子供らが集まっているのだろうが、今は公園内はもちろん、付近の道路にも人気はなかった。
後ろめたいことのある不心得者なら、車両のエンジン音に気がついた時点で即座に逃げ出すかも知れない。旭はそう考えていた。もちろん、相手が逃げ出したなら、理由は分からずとも追いかけるつもりではあった。重量のある装備品があるとは言え、何もせずにただ見送るつもりはない。警察官が日頃身体を鍛えるのは、逃げる犯人を追いかけ取り押さえるためでもあるからだ。
現場に着くまでに様々な事態を想定していた旭だったが、しかしその想定はすぐに杞憂に終わった。「不審者」と思われる若い男性は、あっさり見つかったからだ。逃げるような素振りもなく、ただベンチに座っている。ライトに照らし出された人影に気づき、旭は現場臨場時とは異なる緊張に襲われた。
(……菊池くん?)
離れていても分かった。見慣れた制服姿ではないが、見間違いではない。菊池優真だ。
自分が照らされていることに気がついた優真は、まぶしそうに目を細めて旭の方を見やる。ライトを持った人物が自身に近づいてきているというのに、特に動じた様子は無い。逆光のためか、旭だとは気がついていないようだった。
遅れてきた田村も、「不審者」が誰なのか気がついたようだった。
「あれ? お前何してんの?」
夕方の交番でのこともあり、旭はなんと声をかけようか少し迷っていたのだが、田村は何の気負いもなく優真に声をかけた。
「え? 佐倉さん……?」
改めて2人に気がついた優真が、腰掛けていたベンチから立ち上がった。表情は後ろめいたことのあるそれではなく、純粋に旭たちがいることに驚いているようだった。
旭は立ち上がった優真を眺める。白色のシャツに黒色のスキニーパンツ。周囲が暗いせいか、いつもより細身で、スラッとして見える。ベンチの上にはサコッシュが置いてあり、どうやら手荷物はその小さなバッグ一つのようだ。
「こんばんは、菊池くん。どうしたの、こんな時間に?」
こんな時間?
優真はポケットからスマートフォンを取り出し画面を確認すると、表示された時刻に「うわっ」と声を上げた。
「あれ? いつの間にこんな時間に? あの、すみません。ちょっと散歩に出ただけなんですけど、ついぼーっとしちゃって。すぐに帰りますから」
「いや、何もないなら、別にいいんだ。ちょっと確認なんだけど、今日はいつからここにいるの?」
「家で晩ご飯食べてから出てきたんで、多分、2時間くらい前からです」
「一人で? ずっと、ここに?」
「あ、はい。ちょっとは、うろうろ歩き回ったりしてましたけど……」
その答えを聞いて、旭は「そうか」と頷く。
合点がいった。通報にあった「不審者」とは、間違いなく優真のことだろう。実際の優真に不審な点などあるはずもないが、人気の無い公園を一人でうろうろしていたら、不審に思われても仕方が無い。
「田村、本署に無線報告入れておいてくれ。『男性発見。職質するも不審者にあらず』って」
「了解です」
田村が旭から少し離れた場所で、無線を入れ始める。その様子を見て、優真は何故目の前に旭がいるのか気がついたようだった。
「もしかして僕、通報されちゃいましたか?」
「残念ながら、その通りだよ。不審者としてね」
「……すみません。ご迷惑おかけしてしまって」
優真が頭を下げる。
大したことじゃないよと旭は微笑んで見せたが、優真は変わらずきまり悪そうにしていた。
旭は夕方の交番での出来事を思い出す。突然に大声を上げた優真。いろいろと気にはなったが、場所も時間も長話に適した場所ではない。
「家、ここから近いんだよね? 今日のところはさ、今からちゃんと帰ってもらったら、それでいいから」
「はい、分かりました。どうもすみませんでした」
優真が立ち去ろうと、ベンチの上に置いてあったサコッシュを手に取り持ち上げた途端、バッグの中身がポロッとこぼれ出た。ファスナーがちゃんと閉まっていなかったのだろう。ベンチの下へと転がり落ちた小物を、旭は無意識にライトで照らす。家の物と思われる鍵。ナイロン製の小銭入れ。そして、小さな箱……。
「……煙草?」
旭の口をついて出た言葉が耳に届いていないのか、優真は何事もなかったかのように落とした物を拾い集めると、サコッシュにしまい込んだ。
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