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第7話その一
「佐倉部長って、最近休みの日は何してるんですか?」
パトロールの最中、助手席の部下、田村慶治が不意に尋ねる。
「いや? 特にこれと言って何もしてないけど」
ミニパトのハンドルを握る佐倉旭は、正面を向いたままさらりと流した。運転中は会話に気を取られる訳にはいかない。
「そうですか? 最近、前に比べて官舎にいないこと多くないですか? 今年の春くらいまでは自転車も自動車も官舎に駐められてることが多かったのに、このごろは気がつけばどっちかがないんですよねぇ。どこかに出かけてるんじゃないんですか?」
旭はちょっとだけドキリとした。声だけでも訝しんでいる様子がありありと伝わってくるが、横目でちらりと田村の表情を確認するとまさに疑いの眼差しを旭に向けている。
「……お前、上司である俺のこと『コウカク』でもしてんのか? 怖いんだけど」
間が空いて、田村がそれに答える。
「……コウカクってなんでしたっけ?」
旭の口から思わずため息がこぼれた。
「行動確認。前に教えたろ」
「あぁ。被疑者の家の張り込みしたり、どこに行くのか追尾したりするあれですね。佐倉部長、なんかの被疑者なんですか?」
「そんなわけないだろ」
この部下はいったい何を言っているのか。運転に集中させてほしい。
「お前が、俺が官舎にいないとか言うから。監視されてるのかと思って」
「監視なんて、ははっ……」
田村がわざとらしく笑った。
「頼むからそこははっきり否定してくれよ……」
実際、以前より外出することは増えた。プライベートな友人が多くはない旭は、あまり遊びに出るということがない。たまに同じ警察署所属の同期と食事に行くぐらいのことはあるが、外泊はおろか長時間官舎を空けることもない。そのことを考えると、確かに外出の頻度は増えた。
大通りの十字路で赤信号に引っかかった。旭はハンドルを握っていた肩の力を少しだけ抜く。意識は目の前を横切る自動車の列に集中したままだ。数多のドライバーの中には、交通違反をしている者もいるかも知れない。違反者がいないか目を光らせながら、田村の質問に答えた。
「最近、人に会う機会が増えてな」
何もやましいことはない。隠す必要もないだろう。
「菊池優真くん。無事に採用試験受けてくれることになったのは、前に言ったよな。今は時々、菊池くんの試験勉強に付き合ってるんだ」
「えーーーっ!!」
間髪を入れず、田村の叫び声が予想もしなかった大音量で響いた。先ほど力を抜いたばかりの旭の両肩が跳ね上がる。同じ車内の旭がびっくりしたのはもちろんだが、ふと見ると隣に停止していた車両の男性までもが目を見開きミニパトを見つめている。信号停止中でよかった。走行中だったら事故を誘発していたかも知れない。旭はガラス越しに男性に対し「すみません」と頭を下げる。いたたまれない。早く信号が青になってほしい。
「ちょ、ちょっとそれ、どういうことですか……?」
何故か田村は若干動揺しているようだ。声も指先も震えている。
「なんなんですか? いつの間に、そんな関係に……?」
「いや、勉強に付き合ってるだけだからな?」
そうだ。職場見学に来ていた高校生が警察官採用試験を受けることになったから、その流れで勉強を見ているだけだ。関係、などと……。
いまだ助手席でわなないている田村だったが
「じゃあ佐倉部長は、俺が昇任試験の勉強するって言ったら、勉強付き合ってくれるんですか!?」
「当たり前だろ?」
旭のこの一言で、わななきがスッと治まる。
「それなら、許します」
何様だお前は、と旭は思ったが、信号が青に変わったので運転に集中することにした。交通違反の取締りどころではない。自分が事故を起こす前に、早く交番に帰りたいと強く思った。
その後の当直勤務は、終始田村の質問攻めだった。
「なんでそんなことになったんですか?」
「勉強に付き合うって、どんな感じなんですか?」
「どこで勉強見てるんですか?」
「課長や副署長は、このこと知ってるんですか?」
「俺の勉強はいつ見てくれるんですか?」
等々。
交番での休憩中はもちろん、警ら中はおろか現場臨場途中にすら旭に対して質問を投げかけてくるので、たまりかねた旭は声を荒げた。
「ちょっとした気の緩みで市民にケガをさせるだけじゃなく、俺たち自身が大きなケガをすることもあるんだ! 目の前の現場に集中しろ! 現場に向かっている今、考えるべきことはそんなことじゃないだろ!」
さすがに一喝した後は田村もおとなしくなったが、相変わらず気もそぞろなようだった。日頃から勤務中の事故には気をつけている旭だが、この日はいつも以上に田村の動きにも注意を払う必要があり、勤務を終えて帰宅するまで全く気が休まらなかった。
(やっぱりこいつには隠しておくべきだったか?)
田村に正直に打ち明けてしまったことを、旭は少しだけ後悔した。
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