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第7話その三
旭は緊張していた。
(二人きりか……)
照明の落とされた、狭く薄暗い部屋。ソファに腰をおろした旭は、アイスティーの注がれたグラスに手を伸ばす。どことなく、動きがぎこちない。
「なんで面接官の方が緊張してるんですか」
堅い動きの旭を見て、優真が笑う。
「言われてみれば、そうだね」
釣られて旭も笑った。少しだけ緊張が解けた気もする。
一次試験終了後、結果を待たずして面接試験の練習をすることになった。手軽に二人きりになれて声を出せる場所ということで、場所は街中にあるカラオケボックス。周囲に他の客が多数いるファミレスとは違い、この室内には2人のほかに誰もいない。もちろん部屋の外に出れば店員も他の客もいるし、近くの部屋からは歌声も響いてくる。入口ドアには覗き窓もあるから、2人だけの密室という訳ではない。
それでも、閉じられた狭い空間には旭と優真二人きりだ。
「なんか、こういう所に来るの久しぶりだから」
「佐倉さん、あんまり遊ばなさそうですもんねぇ」
優真が照明のスイッチを操作すると室内が一気に明るくなり、旭は少しほっとした。部屋が薄暗かったせいで緊張していたが、今から行うのは面接の練習だ。試験の合否がかかっている優真のためにも、しっかりしないと。
旭は自らの姿勢を正して、優真に指示をする。
「座り方とかは、確認したとおりだから大丈夫だよね? 椅子とソファじゃ座ったときの感触が全然違うだろうけど、そこは気にせずに。あと、まぁ、周りの歌声も」
「大丈夫です。座れれば一緒ですから。周りの音も、むしろこっちの声が聞こえなくなるから好都合ですよ」
優真はサコッシュをソファに置くと、ソファに腰かけて座り心地を確かめる。座面がやわらかな分沈んでしまうが、浅く腰かければ問題なさそうだった。
「じゃあ、部屋に入るところからやりますね」
そう言って優真は立ち上がると、部屋の外へ出て行く。ドアが閉まってから間を置いて、ノックが聞こえる。
「どうぞ」
旭が少し大きな声で返すとドアが開き、流れるような動作で優真が室内に入ってきた。両手でドアを静かに閉めると、面接官である旭に向かって頭を下げる。
カラオケボックスで行われる、きびきびとした見事な入室要領にシュールだなと思いつつ、旭も負けじと面接官らしい厳かさを意識しながら「お座りください」とソファを指し示した。
優真の面接の受け答えは堂々たるものだった。志望動機や、どのような警察官になりたいのか、心に残っている事件や社会情勢で気になっているものはあるか等々。よくある基本的な質問はもちろん、「転勤が多い仕事だがどう思うか」「地元住民に受け入れられなかったらどうするか」「災害時に市民と自分の命のどちらを優先するか」などの少し意地の悪い質問に対しても毅然とした態度で返答していた。
面接試験に「正解」があるとは思えないが、少なくともその態度は面接官にも好印象を与えるだろうことは容易に想像できた。
「うん、問題ないんじゃないかな。とてもいいと思うよ」
一通りのやり取りの終了後、旭の率直な感想に対し優真も
「本当ですか! ありがとうございます!」
と素直に喜びを表した。
旭からすれば、どこに不安要素があるのかと思うほどの出来だった。事前に幾度もトレーニングでもしてきたのだろうか。質問に関し、話すことの要点がしっかりとまとまっており、そしてそれを聞き取りやすい速さで話すことが出来ていた。少し困らせるつもりで出した質問にも、一瞬戸惑いを見せたものの自分の言葉で破綻なく考えを述べていた。練習とは言え、本当に上出来だと思う。
喜ぶ優真とは反対に、旭は自身の昇任試験の際の面接を思い出し、恥ずかしくなってしまったほどだ。内容は違えど、自分はもっと、とっちらかった回答しか出来てなかったのでは、と。
「正直に言って、よく出来てた。あとやることと言えば、本番に備えて新聞やニュースで社会情勢を頭に入れておくことぐらいじゃないかな」
「分かりました。ありがとうございます」
そう言って優真は、しゃべり疲れた喉に炭酸飲料を流し込む。やはり多少は緊張していたのか、うまそうに喉を鳴らす優真に、旭は思わず見入ってしまった。
「あ……、えっと、今日はどうしようか。終わりにする? それともせっかくだから、何か歌っていく?」
優真への労いも含めて少しおどけた旭に対し、優真は「いえ」と真顔で答えた。
「もう少しだけ、付き合ってもらってもいいですか? さっきはうまく話せなかった部分があるので、そこだけ、もう一回」
「別に、いいけど……」
うまく話せなかった部分? そんなところ、あっただろうか。旭は記憶をたどるが、どの質問でも優真は及第点以上だった。
「じゃあ、そこだけ話してもらおうか。入室要領とかはなしで、その質問だけ」
「すみません。よろしくお願いします」
やり直したいという「質問」を優真に確認し、旭は心の中で首を傾げる。変な言い方だが、その質問に対する先ほどの優真の回答はきれいにまとまっていた。どもったり、つっかえたりということもなかったはずだが。
旭が背筋を伸ばし、改めて優真をまっすぐ見つめる。優真も深呼吸をすると、旭を正面から見つめ返した。廊下をにぎやかな若者たちが通り過ぎていく。伝わってくる雰囲気が自分たちの室内のそれとは異なりすぎて、旭には同じ店内とは思えなかった。
旭は改めて背筋を伸ばし、優真に声をかけた。
「それでは始めます。まず、あなたが警察官を志望する理由を教えてください」
「はい。少し長くなりますが、よろしいでしょうか」
旭が「どうぞ」と頷くと、優真は「ありがとうございます」と会釈し、話し始めた。
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