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「山道はあるけど…ここを行けば社にたどり着くのかな」 森の入り口から少し入った山道の途中、渡された社への地図とにらめっこする智哉(ともや)に、暁孝(あきたか)は周囲を見渡した。 地図には、山道から少し外れた所に社があるように記されている。しかし、見知らぬ山の中、下手に山道を逸れるのは怖い。 そんな中、暁孝と目が合い木陰に隠れた動物が居た。子狸のようだ。子狸はこちらを窺っているが、茂みからは尻尾がむくむく膨らんで飛び出してくる。明らかに妖だ。 「道を聞いてくる」 暁孝はそう言って智哉から社の写真を受け取ると、子狸の前にしゃがんだ。突然人が視線を合わせてきたので、子狸はびっくりして固まっている。 「この社を知ってるか?この道の先で間違いないか?」 「え、何なに?その茂みに何か居るの?」 茂みに向かって話し始めた暁孝に、智哉は好奇心いっぱいに暁孝に近寄る。そんな智哉に溜め息を吐き、暁孝は振り返った。 「騒ぐな、ビビるだろうが」 「ビビってなんかないよ!」 智哉ではない、ムッと怒った声がして、暁孝は茂みに顔を戻し空を仰いだ。大きな尻尾に、ぎょろりとした目玉と大きな口が一つずつ付いている。どうやら子狸は疑似餌で、本体は尻尾の方だったらしい。暁孝は、肩にしがみついてキョロキョロしている智哉を下がらせつつ立ち上がると、今度は尻尾に向かって話しかけた。 「悪い、うるさくしたら気分を害すると思ったんだ」 「ふーん…」 何か品定めするようにギョロギョロと目玉が動く。見えない智哉は、見当違いの方向を眺めてまだキョロキョロとしていたが、暁孝が手首を掴むと、はっとして動きを止めた。 「オマエもマコに会いに来たのか?」 「マコ?」 「その社の神使だよ。この間も、ぞろぞろ人間が押し寄せて来た」 妖は拗ねたような口調だ。 「すまない、人は嫌いか?」 「別に。ただ荒らされるのは好きじゃない…でもアイツよりましだ」 「あいつ?」 「そうだ!ねぇ人間、マコの奴連れてっちゃってよ!探してるんだろ?あいつのせいだ、あいつに違いないんだ」 それから尻尾はどんどん小さくなる。怖いよ、怖いよと泣き出しながら茂みに隠れると、子狸だと思っていた疑似餌が茂みの中に姿を消し、そのまま何処かへ行ってしまった。 「…なんだったんだ」 「…ね、話は終わったの?」 智哉が小声で囁く。話の邪魔をしては悪いと思ったのだろう。暁孝は智也の手首を放し振り返った。 「あぁ、妙な事を言って、」 そこでふと、山道の奥が視界に入り、暁孝ははっとした。いつの間にか、少年が居たからだ。 神職のような袴姿で、黄金色の髪には、よく見ると三角の耳がある。それから、ふわふわの大きな尻尾。 呆然と立ち尽くす少年を不思議に思い、暁孝は智哉を再び背に隠す。 「な、何?」 「子供が居る」 「子供?」 智哉が再び辺りをキョロキョロと見回しているが、彼の目に映る事はない。 「様子がおかしい、こっちを見つめている。俺から離れるなよ」 「うわ…映画のヒロインになった気分だ…」 その声には、ワクワクが隠しきれていない。暁孝は智哉の危機感の無さに再び溜め息を吐いた。 しかし、今はあの少年を見極める事が先だ。 冷静に、落ち着いて、敵意を決して向けない事。 義一のように、親しみを込めて。人も妖も神にも、心はある。 「こんにちは。俺達、社を見に来たんだ。君、人の言葉は話せるか?」 「お、お社?この、森の?だ、誰のお社?」 たどたどしく言葉を発する。じっと見つめているので話せないのかと思ったが、言葉が通じるようで、暁孝は一先ず安心した。言葉が分かるならコミュニケーションも取りやすい。 「君、この森に住んでるのか?社への行き方分かるか?」 すると、少年は俯いて目元を拭い始めた。泣いているのだろうか。 「…ね、どうなってんの今」 「わからない、泣き出した」 「なんで」 「さぁ…」 そんな会話を小声で交わしていると、泣いていた少年は突然走り出した。 「(とも)、走れ!森の外だ!」 「え、なんで、」 「行け!」 森の外はすぐそこだ。借りてきたレンタカーも、すぐ側に停めてある。この少年が危ない妖だとしても、逃げられる筈だ。 暁孝は智哉を軽く突き飛ばし、智哉への道を塞ぐように立つ。少年は走ってくる。暁孝は肩から下げていた鞄から小瓶を取り出した。スプレー式で、中には妖用の眠り薬が入っている。力の強い妖にはあまり効果が発揮出来ないのが難点だが、この少年には果たして効果があるだろうか。 暁孝は舌打ちする。 始は危険が無いなんて言っていたが、あいつの予想は当てにならないと、胸の内で呟いた。 先程の狸もどきは、マコという妖を恐れていた、マコを探してるんだろうと、それなら連れて行ってくれと。木々を倒す妖がもしこの少年なら、なんとしてでもここで抑えなければいけない。この先には智哉が居る。 暁孝は悩んだが、小瓶をジーンズのポケットしまい、顔を上げた。一瞬だって気を緩めるものか、確実にこの妖を抑え込む。 そのつもりでいたのだが。 「(あるじ)様!!」 その距離あと一メートルという時、少年は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて暁孝に飛び込んで来た。虚を突かれた暁孝は、少年を抱えたまま仰向けに倒れ込む。 「(あき)!?」 言われた通り森の外から様子を見守っていた智哉は、暁孝が倒れた事に驚き、すぐにでも駆け寄ろうとする足を、その場で踏み止まらせた。 「暁!ねぇ、行ってもいい?大丈夫なの!?」 智哉の心配そうな声が響く。暁孝は戸惑いのまま上半身を起こすと、大丈夫だと智哉に返事をし、胸にしがみつく少年の肩に恐る恐る触れた。 温かな、子供の体温だ。 「おい、大丈夫か?」 「主様、マコはずっと、待っていました、社を、一人、で、主様の、お帰りを、ずっと、」 しゃくり上げながらマコは必死に伝える。こういう時、智哉も妖が見えたらいいのにと、暁孝は思わずにいられない。子供の扱いも、智哉なら得意だろう。 戸惑いながらも、暁孝は恐々頭を撫でてやる。その髪はふわふわだった。 「もう、どこにも行かないで、主様…!」 ぎゅっと、必死にしがみつくその姿を見れば、さすがに無理に引き離す気になれず、暁孝は暫し、しゃくり上げながら涙を流す背を撫でてやった。すると、マコは暁孝を主だと思い込んで安心したのか、それとも人の温もりに気を許したのか、気づけば寝息をたてていた。眠ったかと思えば、マコの姿は少年から狐へと変わっていく。一人で社で待っていたと言っていたから、もしかしたらずっと気を張り詰めていたのかもしれない。主と会えた事で、その気も緩んだのだろう。 残念ながら、自分は主ではないが。 「…一体、どういう事だ…」 先程の狸もどきは、マコという妖を恐れていたが、同じ名前のこの妖は、本当にそのマコなのだろうか。妖を恐れさせる程の力が、こんな小さな妖にあるのかと、暁孝は疑問に思いつつ狐をそっと抱き上げた。 「智哉!車を出してくれ」 「わ、分かった!」 頷く智哉は、慌てて車に乗り込みエンジンをかけた。暁孝は、マコを起こさないように山道を下りていく。 その様子を、黒い翼が見つめていた事に、暁孝は気づかなかった。

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