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「暁、どういう状況?どこ行けば良い?」 「俺もよく分からん」 智哉が運転する車の中、暁孝は窓から外の様子を窺っていた視線を、膝の上の狐に向ける。涙の跡を拭ってやれば、健やかな寝息が聞こえてくる。見たところ、やはりただ眠っているだけのようだ。 「まず、ここに狐が居るんだが」 「え!居るの!?こっち見てる!?」 「寝てる、騒ぐな、起こしたくない」 「わ、分かった、ごめん…でも、じゃあ危ない妖じゃないんだ?」 「森に居た妖は、マコを連れて帰れと言っていた。そいつが言うには、マコという妖のせいで怖い思いをしているらしい。それで、ここに居る妖は自分の事をマコと呼んでいた」 「え!?」 車体が大きく揺らぎ、暁孝は窓に頭を打ち付けた。智哉が驚いてハンドルを切ってしまったからだ。 「ご、ごめ、」 「…大丈夫だ、前向け」 「う、うん。でも、え、これ、大丈夫なの」 「とりあえず森から離れた方が良い。テリトリー内で力を発揮出来る妖も居るからな。なるべく人や妖の少ない場所で、話を聞ければと思う」 「りょ、了解した」 途端に体を強ばらせ頷く智哉に、暁孝はマコが目覚める前に、早く車を停めなければと窓の外に目を配る。 人影は元々少ないが、その分、妖がちょこちょこ見える。暁孝はスマホを取り出し、(はじめ)に電話を掛けた。 もし何かあった場合、始なら対処法を教えてくれるだろう。 コール音がする中、池が見えてきた。大きな池だ、鬱蒼と緑に囲まれる中、池の周囲には草に囲まれて見づらいが、遊歩道があるように見える、地元の人達にとっては散歩コースになっていた頃もあったのかもしれない。今は、手入れが行き届いていないせいか周囲は心なしか薄暗く、人気も無い、見たところ妖の姿も無さそうだ。ただ、池の水は澄んでいるような青で綺麗だった。 「智、停めてくれ」 暁孝の声に智哉が車道の端に寄せて車を停めると、暁孝は智哉にスマホを手渡した。 「始さんに電話してくれ、あいつなかなか出ない」 「え、何て伝える?」 「狐のマコという妖と一緒に居る、知ってる事を教えろ」 「分かった、俺はどうしたらいい?」 「車から出るな」 頷く智哉を見届けて、暁孝はまだ眠ったままの狐のマコを抱いて車の外に出た。池の側に行くには、高台になっている車道から下りなくてはならない。周囲を見渡したが、近くに下りる為の階段等はなさそうなので、仕方なく、車道脇の雑草生い茂る斜面を下り、下の道に下りた。結構急な傾斜だったが、上がれない程ではないだろう。 下の地面も雑草が生い茂り、十メートル程先に池がある。遊歩道は出来ているが、池の周辺は思ったより草木が生い茂り鬱蒼としていた。 あまり近づかない方がいいなと、暁孝はその場の草を踏みつけて、マコを抱えたまましゃがんだ。 腕の中のマコを揺り起こしつつ、周囲に目を向ける。先程の狸もどきの仲間だろうか、似た妖が数匹、遠巻きにこちらを見つめているのが分かったが、こちらに近づこうとしない。 「…何かあるのか?」 池を避けるように、狸もどきは車道に向かって大回りをして通り過ぎていく。 「…それとも、こいつのせいなのか?」 ぽん、ぽん、と撫でるように背を叩くと、マコが身動ぐ。 「おい、起きろ。話が聞きたい」 「ん…」 ぼんやり目を開け、マコは暁孝を見上げると、重たそうな目をパッと開き、再び少年の姿に戻った。 「主様!」 ぎゅっと抱きつくマコに、暁孝は困った様子でその小さな体を離し、地面に下ろした。 「俺は主じゃない、人違いだ」 「そんな事ありません!主様の匂いがします!どうして僕をいじめるんですか?」 「いじめてない、事実を話しているだけだ」 その言葉に、マコは再び涙を浮かべ始める。暁孝は溜め息を吐いて首の後ろに手をあてた。 「…分かった、その話はあとにしよう。君はマコで間違いないか?」 「はい」 「壊れた社に住んでるのも君か?」 「はい。…どうしてそんな事聞くんですか?」 マコにとって、暁孝は主だ。自分の事を知ってる筈の主が、何故分かりきった事を聞くのかと、傷ついた心は再び涙をこぼす。 その様子に、暁孝は幼いなと思った。妖の中には、姿と年齢が合致しない者も居る。どこから子供で大人かというのも、人間の何十倍も長生きの妖に対しては線引きが難しいが、マコは見た目通りの子供のように感じる。 いや、と暁孝は慌てて首を振った。 子供のよう、が性分の妖だって居る。自分の性分を存分に活かして人を騙す妖も少なくない。 油断は禁物だ。 暁孝は自分の中の揺らぎを叱咤し、改めてマコと向き合う。 「君が森を荒らし回ってるのか?」 暁孝の問いかけに、マコは傷ついた様子で表情を歪めた。 「…どうして、主様、どうして、僕はそんなことしない…」 マコは涙をぽろぽろ零しながら、暁孝から後退る。 「君じゃないのか?」 マコは嘘を言っているように見えなかった、泣いて憐れみを乞う妖もいるが、それとは違う。マコは今、純粋に傷ついてる。 傷つけたのは、自分だ。 「すまない、違ったのなら謝る」 そう口にした時、地面が微かに揺れている事に気づいた。

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