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その後、震えるマコを置き去りには出来ず、二人は宿にマコを連れて行く事にした。恐らく宿の従業員は、妖 が見えない、その場合、黙ってマコを連れ込むわけだが、それはそれで罪悪感が残りそうだ。どうしたものかと暁孝 は悩んでいたのだが、宿の玄関で顔を合わせた女将は、マコにちらりと視線を向け、微笑んだ。
「あの、」
「大丈夫ですよ、分かってますから。ごゆっくりしてらしてね」
女将はそう言って頭を下げ去って行く。どうやら彼女も見える人らしい。早々に許可が下り、また、妖を理解してくれる人に出会えた事に、暁孝はホッとしていた。
そしてここにきて、何故離れの部屋に通されたのか、その理由が分かった。
離れの部屋からは、母屋は木々に覆われ見えず、離れへの道が遮断されれば、完全に隔離された空間だ。ここなら人に見られるでもなく、人を巻き込まず、妖に対しての仕事も出来るだろう。
そういった事も含め部屋に入ると、ようやく一息つけた気がした。畳みの香りも、安心感を与えてくれる。
「えーと、マコちゃんだよね?よろしく!俺は、夏丘智哉 っていいます。暁孝の友達だよ」
子供番組のお兄さんみたいに愛想が良く元気の良い智哉だが、マコとは全然違う方向に向かって自己紹介している。マコは戸惑って暁孝を見上げた。
「智 、こっちだ。今、俺の膝の上に居る」
「あはは、こりゃ失敬」
笑って頭を掻く智哉に、暁孝は力なく笑んだ。
「お前は…」
「ん?」
「いや…」
凄い奴だなと暁孝は思う。何も見えず何も聞こえない、それでも自分の言葉を信じて、その存在を受け入れようとする。
自分だったら出来ただろうか。
「助かったよ、来てくれて良かった」
智哉の存在の大きさを改めて感じ、素直に感謝を言葉にすれば、智哉はきょとんとして、それから嬉しそうに破顔した。
「なんだよ~照れるだろ~」
そのコロコロ変わる姿が面白かったのか、暁孝の膝の上で、マコはクスクス笑う。
「智、笑われてるぞ」
「え…」
マコはどこかホッとした様子で暁孝の膝から下りると、二人を前に正座する。それから深く頭を下げた。
「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません、助けて下さりありがとうございました」
「いや、助けてくれたのはあの妖だろう。俺も助かった…あの妖は友人か?」
黒い翼を持った、目つきの悪い妖を思い出す。
「はい、ヤタガラスのリンといいます。森の神、イブキ様の使いで、僕もよくお世話になっています」
そうか、と頷く暁孝の様子を見て、マコは寂しそうに表情を緩めた。
「…やはり主 様ではないのですね」
するとマコは再び頭を下げた。
「ちゃんと確かめもせず、申し訳ありません」
「…俺と主はそんなに似ているのか?」
「同じ匂いなのです。よく見たらお顔も話し振りも全然違うのに、アカツキ様と匂いが全く同じだったので」
「匂い…」
自分とアカツキは別人なのに、匂いが同じとは一体どういう事なのだろう。
「主が居なくなった原因は?社が壊れているようだが、何か関係あるのか?」
マコは俯いて首を振った。
「何も覚えていないのです…気づいたら僕は崩れた社の前で倒れていて、リンやイブキ様に助けて貰いました」
「そうか…あの池には何が居るんだ?」
「分かりません、リンやイブキ様は近づくなって」
それからマコは暁孝を見上げた。
「あの、主様」
「俺は暁孝だ」
「…アキ、様」
「様はいらない、…アキでいい」
マコはパッと顔を明るくした。
「はい!アキ、僕、アキの側にいてもいいですか?」
それには、暁孝が目を丸くした。
「俺の?俺はこの土地にずっと居る訳じゃないが、」
「ここに居る間だけでも良いんです。主様の匂いと同じで安心するんです。ダメですか…?」
「いや…」
ふと暁孝に視線を寄越されて、あらぬ方を見つめていた智哉は首を傾げた。
「どうしたの?」
「…マコが俺の側に居たいと言っている」
「うん」
「お前の側に居るも同じ事だが、構わないか?」
暁孝と智哉は、大体一緒に居る。家に帰れば同居しているとはいえ、互いの生活もあるので離れる時間もあるが、この旅ではそうはいかない。
「俺?俺は別に良いよ」
見えない者と共に過ごすのは、智哉のストレスになるかもしれないと思ったが、杞憂に終わったようだ。智哉はけろっとしている。もしくは、そこまで深く考えていないのかもしれないが。
「俺も一緒に居て良い?マコちゃん」
暁孝の考えに反し、智哉はマコに話し掛ける。相変わらず見当違いの方を向いているが、ちゃんと考えてくれているのがその一言で伝わってきた。
智哉は、どんな事も受け止めようとしてくれている。
「もちろんです!よろしくお願いします!」
智哉の方を見て頭を下げたマコを見て、よろしくだってさ、と暁孝は智哉に伝える。
「うん!こちらこそ、よろしくね!」
「智、マコはこっちだ」
「あ、こっちか。見えないのは仕方ないけど、なんか無いかな、せめて居る場所が分かれば…」
何か無いかと辺りを見渡し、そうだ、と智哉は手首に付けていた、飾りの付いたヘアゴムを暁孝に渡した。四つ葉のクローバーが付いたヘアゴムで、ブレスレットのように付けているのかと思えば、たまに前髪を結ぶのに使っているのを良く見かける。
「これ、マコちゃん付けられそう?」
「付けられると思うが」
「妖が付けたら、身に付けた物も消えちゃう?」
「人の物は多分消えないと思う。妖が作った、服や鞄のような物の中に入れてしまえば、見えなくなるが」
そこで暁孝は、あぁそういう事か、と納得し、マコに智哉のヘアゴムを腕に付けた。しかし、大きいので直ぐに腕から落ちてしまう。悩んで暁孝は、マコに声を掛けた。
「髪をこれで結んでも良いか?」
「はい!」
男だし抵抗があるかと思えば、マコは瞳を輝かせて嬉しそうに返事をした。
暁孝は、狐の左耳の下辺りの髪を一房摘まんで、ヘアゴムで結う。智哉の目には、ふわりと四つ葉のクローバーが浮かんでいるように見え、同時に、そこにマコが居る事が分かる。
「やった、これでどこに居るか分かる…!」
「でも、人前では出来ないな…ヘアゴムが空中に浮いて歩いてる、怪奇現象だ」
「あ、葉っぱとかは?たまに風に乗って葉っぱが空飛んでんじゃん」
「…まあ誤魔化す事は出来るか…外で人目がある所では、これの代わりに葉っぱを持って貰っても良いか?」
「はい!分かりました」
マコは頷いて、嬉しそうに四つ葉のクローバーに指先で触れ、それから自身の首飾りに視線を落とし、また嬉しそうに微笑んだ。ふわっと尻尾も揺れている。
「トモはヒノ様みたいだ」
「ヒノ様?」
「主様が愛した女性です」
「へぇ」
そう言って意地悪く智哉を見る暁孝。智哉はムッと唇を尖らせる。
「何、二人で何か俺の悪口言ってんだろ!あーあー暁 は良いよなー、俺も見えないなら声くらい聞きたいよ」
拗ねて寝転んだ智哉に、マコは首飾りに手を触れて智哉の元に近寄った。
「一瞬なら出来るかもしれません」
「え?」
マコは目を閉じる。すると、輝く首飾りの明かりが彼を照らし始め、暁孝は驚いて智哉の足を叩いた。
「見ろ、智!」
「痛っ、何だよー…」
のそりと体を起こすと、その明かりは智哉にも見えた。そしてその中に、耳と尻尾の生えた少年が居る事も。
「え、」
驚きのあまり言葉を失う。光はあっという間に消えてなくなり、智哉のあげたヘアゴムだけが、再びそこに浮かび上がっていた。
呆然とする智哉を見上げ、マコは不安そうに暁孝を見る。暁孝は口元を緩めて肩を竦めた。
「か、」
「か?」
「かっわいい!今のがマコちゃん!?」
一気に距離を詰められ驚くマコだが、不思議と目が合っている気がする。
「ちゃんと見えたようだ、喜んでるよ」
困惑気味のマコに暁孝が声を掛けると、マコもホッとした様子で笑みを見せた。
「凄い凄い!俺にも見えた!」
「はしゃぐな、うるさい」
軽く智哉の頭を叩き、暁孝はマコの首飾りに目を向ける。
「今の、その首飾りの力なのか?」
「はい。主様から頂いたお守りです。これには不思議な力があって、その使い方の一つとして、人間の波長に合わせて姿を見せる事も出来ます」
一瞬ですが、と苦笑い、マコは懐かしそうに首飾りを撫でた。
この可愛い神使を残して、アカツキという神は一体どこへ行ってしまったのだろう。
それに何故、神と自分が同じ匂いがするのか。
森で暴れる妖を見つけに来た筈なのに、出会ってしまった別の問題に、暁孝は小さく息を吐く。
頭に浮かぶのは、始 の顔だ。
あいつ、何か企んでるな。
浮かんだ顔に舌打ち、暁孝はどうにかマコとコミュニケーションが取れないかと色々試みる智哉の姿に、少しだけ不安の表情を浮かべた。
今更ながら、連れてきて正解だったのかと悩む。
居てくれて助かっているが、既に危険に巻き込んでいる、これ以上の事が起きるのではないか、そう思えば、心配で胸が騒めいた。
ガラス戸の向こうにぽっかり浮かぶ月、都会より澄んだこの空には、無数の星が、今にも降りださんばかりに輝きを放っている。
その同じ空の下、一軒の家屋に何者かが忍び込み、家中を荒らして去っていくというニュースが入ったのは、翌朝の事だった。
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