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「ほら暁、起きないと!朝だよ!」
「ん~あと五分」
「もう、何回目だよ、家じゃないんだよ?仲居さん来たら恥ずかしいだろー?」
朝になり、智哉は既に布団を畳み身支度を済ませていたが、暁孝は布団と離れがたく、かれこれ十回はこのやり取りを繰り返している。
まったく、と溜め息を吐いた所で、智哉は浴衣を着たマコに目を留めた。
昨夜は女将の好意で、三人前の夕食を急遽用意してくれたり、人目につかないよう温泉を三十分だけ貸し切りにしてくれたり、子供用の浴衣を貸してくれたりと、至れり尽くせりだった。思わぬ待遇に感謝を述べれば、「可愛いお客様の為です、いつもの事ですからお気になさらず」と女将は微笑んだ。この地域は妖の数も多いようだし、始も仕事では、相当お世話になっているのかもしれない。
そうした女将の心遣いのおかげで、智哉には今、小さな浴衣が座ったり歩いたりしているのが見える。女将以外の前では出来ないが、ヘアゴムだけよりもマコの存在をより感じられ、智哉には、大変有難い事だった。
「マコちゃん」
きちんと正座して待っているマコを智哉が手招くと、マコはぱっと表情を輝かせてこちらに駆けてくる。智哉にその顔は見えないが、小さな浴衣が駆けてくるのは、可愛く見える。一度マコの姿を見ているからだろうか、何も知らない人が見たら、浴衣が歩いていると腰を抜かしてしまうだろう。
「俺の真似してね」
「はい!」
声は聞こえないが、浴衣の袖がピシッと上がるのを見て、智哉は頷く。それから暁孝に向き直る。
「起きろ!暁~!!」
「おきろ、アキ~!!」
掛け声と同時に勢いよく智哉が暁孝の体にのし掛かれば、マコも目をキラキラさせて、智哉の真似をして暁孝の体に飛び込んだ。
「ぐっ、!!」
これには流石に目を開けずにはいられない。マコが乗っかる分には可愛いものだが、大した背丈も変わらない男に、胸やら鳩尾を思い切り圧迫されれば、それは苦しい。
しかも「起きろ起きろ~!」と、ぐいぐい力を入れてくる。マコはきゃっきゃと喜んで楽しそうだ。
「分かった!起きるから、どけ!」
「キャー!」
暁孝が勢い良く上半身を起こせば、暁孝の体の上をゴロゴロと転がり、マコは暁孝の足元へ、智哉は暁孝の膝の上で止まった。ケラケラ笑っていた智哉とマコだったが、智哉は暁孝と目が合うと、ふと笑い声を止め、突然顔を真っ赤に染めて勢いよく体を起こした。
「わっ、いきなり起きるな!危ないだろ!」
智哉が急に体を起こしたので、暁孝は危うく頭突きを食らう所だった。
しかし、智哉はそれには答えずさっさと立ち上がり、暁孝を布団から追い出そうと、ぐいぐいその体を押している。
「ほ、ほら、起きたら顔洗って!布団も畳まないと!」
ほらほら、と布団から追い出され、暁孝は智哉の様子に首を傾げながらも立ち上がった。
「アキ、おはようございます」
「あぁ、おはよう。眠れたか?」
「はい!」
元気の良いマコに、暁孝はふわふわの頭をくしゃりと撫でて洗面所に向かった。暁孝が顔を洗いに行くのを見届けて、智哉はふぅ、と息を吐くと、赤くなった頬を振り切るように、せっせと働くのだった。
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