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その後、どうせ昼過ぎか、はたまた夜だろうと思っていた待ち人は、昼前に旅館に到着した。
「おはよー元気にやってるー?」
今日もきっちりとスーツを着こなして、始は笑顔で手を振った。呑気な第一声に、暁孝は思わずその襟元に掴み掛かろうとしたが、智哉が間に入った為、それは叶わなかった。
「おはようございます、早かったですね!」
「ちょっと気になってたから」
そう言って暁孝の足元に隠れるマコに気づき、始は目線を合わせるようにしゃがんだ。
「初めまして、和泉始 です。このお兄ちゃん達の友達だよ」
するとマコが「本当ですか」と不安そうに尋ねてくるので、勿論暁孝は「違う」と即答した。そうすればマコは当然ながら始を警戒する。
固まる両者の空気を読み、智哉は始の肩に両手を掛け、マコに向かって話し掛ける。今は浴衣を脱いでしまったので、智哉の頼みはヘアゴムだけになったが、ヘアゴムは相変わらず大活躍だ。
「この人は俺達の友達だよ。怖くないから大丈夫だよ、マコちゃん」
すると、マコは若干警戒を解いたようだ。
始は思わず智哉の手を握り、感謝を伝えた。
「一体どういう事だ?アンタ、わざと俺をここに寄越したんじゃないか?」
「まぁ、落ち着いて暁君。言っただろ、確証が無いって。俺としてもまさかとは思ってたんだけど…どうやら本当だったみたいだ」
「だから何がだ!」
暁孝が詰め寄ると、始はチラとマコに視線を向け、それから少し困った様子で微笑んだ。
「そうだな、先ず、どこから話そうか…」
とりあえず場所を変えようと旅館を出ようとした所で、女将に呼び止められた。
「和泉様、お出掛けですか?」
その表情は不安そうに揺れ、何となく旅館も騒ついてる気がする。
「はい、…何かあったんですか」
「昨晩遅くに荒らされたお宅があったそうで、」
「荒らされた?」
「物取りかと思って警察も捜査していたらしいんですが、盗まれた物は何も無かったそうなんです。その荒し方がちょっと人の仕業とは思えなくて…」
「どういう事です?」
「天災にでもあったような荒れ方で、屋根や壁は崩れ、家の中は水浸しだったそうなんです」
「住人は?」
「たまたま留守にしていたようで、住人の方達は助かったみたいです。この地域内なので、どうかお気をつけ下さい」
その眼差しに何か訴えるものを感じ、暁孝は始に視線を向けた。始はいつもと変わらぬ顔で女将に礼を言ったが、妖が関わっているのではと、思わずにはいられなかった。
始が皆を連れて来たのは、あの壊れた社のある森だった。
細い山道が続いていたが、暫し歩くと山道のすぐ脇にぽっかりと空いた空間があり、そこに小さな壊れた社があった。雨露は凌げそうだが、ここで暮らそうとは思えない。風が吹くだけで屋根は崩れそうだし、それこそ熊や猪が出るかもしれない。動物は妖が見えているという、もし襲われでもしたら、いくら妖とは言えマコは子供のようだ、それほど力があるとは思えない。
そして夜は、星明かりだけを頼りに、一人でこの社で眠るのだ。一体どれだけの月日をマコはここで暮らしていたのだろう、アカツキを一人待ちながら。
「ただいまー」
マコが走って行くと、智哉は突然動いたヘアゴムを追いかける。
「何かあるの?」
智哉が社の中を覗くと、数匹のリスが居て、木の実を食べていた。
「リスだ!」
「僕の友達なんだ」
「可愛いなー、仲良いんだね」
「うん!」
二人のやり取りを聞いていた始は首を傾げた。
「あれ?智哉君って妖見えないよね」
「あぁ」
「奇跡的に会話が成立してるのか…」
「ところで話は?」
「あぁ待って…ほら来た」
始が示す方向を見ると、黒い翼を生やした妖、池で暁孝達を助けてくれた、ヤタガラスのリンがやって来るところだった。
「あの時の…」
「なんだもう会ってたのか?」
「あぁ、この先の池で襲われた時に助けて貰った」
暁孝の発言に、始は驚いた様子だった。
「あの池に行ったの!?」
「そうだよ、念の為追いかけて行って良かった。あんたアカツキ様の生まれ変わりだからって、マコを傷つけたら許さないからな!」
まだあどけないつり目が睨んでくる。暁孝は言葉を失った。睨む目に怯んだのではない、リンの言葉を受け止めきれなかったからだ。
「ありがとな、リン君。世話かける」
「イブキ様のご指示だ」
つん、とそっぽを向いてマコ達の元へ歩くリンを見届け、暁孝は始に詰め寄った。
「一体どういう事だ?あいつの話はどういう意味だ」
「落ち着けって、ちゃんと話すよ。俺の知る範囲でだけど」
暁孝は始を睨み上げたが、すぐに視線を逸らし社の方へ向かった。すると、壊れかけた社の側にあった大きな石に腰かけた。ちゃんと話を聞くというポーズだ。
始は苦笑いを浮かべ、社へ向かった。
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