10 / 37

10

(はじめ)がこの森で話をしようと決めたのは、リンに会わせる為もあったが、安全がある程度保たれているからだ。 人が滅多に来ない上に、イブキ様に守られた森は、悪質な(あやかし)は先ず寄ってこない。もしそこで悪さをしたら神による罰が待っているからだ。 だが、安全な場所に居なければいけないという事は、危険が迫っているという事になる。 今、何者かに狙われているのは、マコだという。しかし、その当事者であるマコは始によって席を外させており、智哉(ともや)とリンと共に社から少し離れた場所で楽しそうに遊んでいる。 マコに、話を聞かせない為だ。 「狙われてるのは、正しくはマコ君の首飾りなんだけどね」 「アカツキ様から貰ったっていうアレか」 「あぁ、あれにはアカツキ様の力が宿っている。暴れ回る妖は、それを知って欲してるみたいなんだ」 「昨日あの首飾りの力を見た。一瞬だったが、智哉にもマコの姿が見えて驚いた」 すると始は、驚いた顔をした。 「使ったのか、あの力を」 「…あぁ、何かまずかったか?」 「…もしかしたら、妖はその力の気配を感じ取ったのかもしれない。さっき女将が言ってただろ?荒らされた家があるって」 「マコを狙ってやったって言うのか?」 「可能性はある」 すると始は大きく息を吐き、髪を掻きあげる。考え事をする時に見せる、彼の癖だ。 「森を荒らした妖というのも、マコ君を探し歩いてやったものじゃないかとリン君は言っていた。社はイブキ様の力で守られているから、その妖はマコ君が居る社を探し出せないんだろう」 「森の神が居るのを分かってて荒らすのか?」 「神が居たって、その妖には関係ないって事かもね。その妖が動き回るのは大体夜に限られているというから、もしかしたら、妖には何らかの制限があるのかもしれない。森に入って来たのも最近だというし、焦っているのか、自分でも何をしているのか分からなくなっている可能性もあるだろうね」 「…妖の狙いが分かってるって事は、その妖が何者か検討は付いているのか?」 「イブキ様には恐らくね、ただ誰とは教えてくれなかった…結構、食い下がったんだけどね。もしかしたら確証が無いのか、それとも言えない理由があるのか」 神様が思う事だからと、始もそれ以上は踏み込まないようにしている様だ。それが、問題解決に繋がる手掛かりだとしても。 ただ一つ、暁孝(あきたか)には分かった事がある。暁孝がわざわざ調べに来るまでもなく、妖が森を荒らす理由も、そしてその妖の目星も、ある程度は付いていると言う事。 「そうか…と言う事は、役所からの依頼というのも、探偵社の連中が調べたけど何の痕跡も見つからなかったと言っていたが、あれらは嘘だったって事だな」 「………」 暁孝の言葉に、始は暫し真顔になった後、にこりと笑顔を浮かべた。それを見て暁孝は察した、初めから、役所までこの騒動は届いていなかったという事を。役所を持ち出し、自分達の会社では成果が上げられなかったと言ったのも、暁孝をこの場所に連れてくるための口実だ。 何か裏があると思ってはいたが、全て始の手の内だったという事だ。暁孝は思わず溜め息を吐いた。 「…それじゃ、どうして俺をここへ?」 始はトン、と暁孝の胸を小突いた。 「ここに、アカツキという神様が居るらしい」 マコ君がついて来たのが何よりの証拠だ、と始は言った。 「…さっきの生まれ変わりというやつか…確かにマコも、俺と主が同じ匂いがするとか言っていたが…」 「何か、自分で感じる事はある?」 暁孝は首を振る。生まれ変わりと言われても、暁孝は暁孝でしかない。自分が何者かなんて何も疑わず生きてきた、いきなりそんな事を言われても信じられる筈がない。 「まぁ、そうだよね。俺も君とは長い付き合いだけど、暁君の神がかっている点と言えば、人を遠ざけるオーラだけだしね」 はは、と笑われて睨めば、「そう、それそれ」と余計に笑われてしまった。 「…今回、暁君に依頼をしたのは、マコ君がこの社を離れたがらなかったからなんだ。いつどこで襲われるか分からないマコ君を、イブキ様が心配してさ、神使や妖に頼んで俺の所に話を持ってこさせた。アカツキ様の生まれ変わりである君なら、マコ君を上手く社から連れ出してくれるかもしれないって。 でも最初はこれ、義一(ぎいち)さんへの依頼だったんだよ。義一さんは、イブキ様にも信頼されていたんだね。だけど、もう亡くなったと分かったら、それなら息子の(あき)君に頼みたいって。 仲間の命がかかっているのに、いくら息子だからって、実力も知らない暁君に頼れるものなのかなって。それで理由を聞いていったら、生まれ変わりの話が出てさ、それで、義一さんが暁君を預かった時の話を思い出したんだ」 「俺を預かった時の話?」 「君を義一さんの元に届けたのは、どこかの神使だったって話」 「え?」 初耳だった。と言うか、現実からかけ離れ過ぎている。いくら、妖や神が見える身としても、なかなか信じられない話だ。 「俺も義一さんから聞いた時は…ほら、子供は神様からの贈り物とか言うじゃん、そういう意味で言ったのかなって思ってたんだけど、そうじゃなくて、それって、本物の神使が君を連れてきたって事だったのかなって。 どこの神様に頼まれたかは知らないけど、もしかしたら、イブキ様だったのかもしれない。俺も俄には信じられない話だと思ったんだけどさ」 もし本当に、アカツキの生まれ変わりだとしたら。それを確かめる為にも、始は暁孝をこの森へ向かわせなくてはと思ったのだという。勿論、イブキの依頼の為ではあるが。 しかし、その話が本当だとしても、どこから理解すれば良いのか、なかなか受け止めきれない話だ。 「…まぁ、簡単には信じられないだろうけど」 「…でも、それならはじめから話してくれれば、」 「信じたか?こんな話」 「…一緒に来たって、」 「俺が行くなら自分は必要ないって、絶対来なかったでしょ」 「……」 図星だった。 「因みに、智哉君についてきて貰ったのは、もしもの為の保険。アカツキ様の生まれ変わりを信じてここに残るって君が思っても、智哉君が居れば絶対帰って来るでしょ」 「…そんな心配してたのか」 「選ぶのは君の自由だけどね。君は情に流されやすいから、マコ君やイブキ様に頼まれればそれも良いかなー、なんて思いそうだ。でも、あの家には君を心配してる人間や妖がいる。智哉君は特にさ。それに俺も、君が東京に居てくれたら仕事が楽だ」 「それが本音か」 始は笑って、しかし、困った様子で息をつく。 「でも、本当に危険な目に合うとは思ってなかったんだ。社はこの森の中で、イブキ様が居るし、リン君も…あの子はマコ君の保護者みたいなものだからさ、見張りについてくれるって話だったからさ。例えマコ君が森を出ても、妖は人の棲みかまでは出ないって話だったから…でも、俺の考えが浅はかだった」 ごめん、と頭を下げる始に、暁孝は小さく息を吐いて、首を振った。 始だって、危険だと分かってる場所に暁孝達を向かわせようとは思わないだろう。まさか、マコが首飾りの力を使うとは予想外だっただろうし、暁孝だっていい大人だ、誘導されてこの地にやって来たとしても、そこから先は自分の判断で動いている。彼に責任を取らせたい訳ではない。 「…謝るなよ。俺も、もっと考えるべきだったし、そもそも、始さんはイブキ様の依頼に従っただけだし、俺の事考えてくれてたのは、分かる。それに、俺にとっては、元々そういう依頼だった、森で暴れる妖を調べるって。危険が無い方がおかしいんだ」 暁孝の言葉に始はきょとんとして、それから力無く表情を緩めた。 「君は…」 「その代わり、色々黙ってた分しっかり報酬は貰うからな」 「…特別報酬も別途付けさせて貰うよ」 いつもの暁孝の様子に、始はどこかほっとした様子だ。

ともだちにシェアしよう!