13 / 37

13

リンと別れた四人は、一先ず宿に戻る事にした。水溜まりで転んだ智哉の着替えも必要だ。 リンは、マコの首飾りを狙う妖がまた町へ繰り出すかもしれないので、その前に知恵や力を借りれないか、イブキに相談してみると言ってくれた。ダメ元でも、何もしないよりは良いだろう。 始も、社員達に連絡を取ったようだ。準備もあるので、今日着いたとしても間に合わないかもしれないが、妖も今日現れるとは限らない。 しかし、もし今日、妖が町に現れた場合、妖を人々から遠ざけなくてはならない。出来るかどうかは分からないが、やれる準備はしておかなくては。 一度、町の様子や地形を改めて把握しておいた方が良いだろうと、始とマコは車で町に向かった。マコは案内役だ。 智哉は思いの外濡れていた為、着替えるついでに風呂に入った方が良いだろうと、温泉に向かわせ、暁孝は一人、部屋で皆の帰りを待っていた。 夕暮れの空を眺め、暁孝は考えを巡らせる。 何故、マコを狙う妖はアカツキの力が欲しいのか、消えたアカツキとその妖は、何か関係があるのか。 もしくは、マコ自身と関わりがあるのだろうか。 先程、始はイブキから、アカツキが居ない事も、危険が迫っている事も、マコに話さないように言われたと、そう言っていた。 その反面、マコの安全を考えて、アカツキの生まれ変わりだという自分をマコの元に行かせた。 自分がアカツキの生まれ変わりだから、アカツキがもうこの世に居ないという事が知れたとしても、マコは傷つかないと、素直に言う事を聞くとイブキは本当に思ったのだろうか。 「…それは違うよな」 生まれ変わりだからとは言え、同じ筈はない。現にマコは、アカツキと自分は別人だとしている。 「匂いか…」 だが同時に、マコはアカツキと同じ匂いで安心すると言っていた。イブキは、そこまでマコの考えや行動を読んで自分を寄越したのだろうか。 「分かんないな…」 そもそも、何故アカツキはこの世を去る事になったのだろう。 神同士の諍いがあったか、それとも何らかの理由で、自らこの世を去ったのだろうか。マコにそれを知らせないのは、何故なんだろう。 本当に生まれ変わりなんて、あるのだろうか。 ぼんやりと考えを巡らせていると、カタ、と音がした。振り返ると、部屋の入り口に智哉が居た。風呂から帰って来たようだ。しかし、暁孝はその姿を見て不思議に思う。一体どこを拭いてきたのか、智哉は頭から足の先までずぶ濡れで、浴衣も適当に羽織って帯をおざなりに巻いた状態だ、胸元もはだけている。 いつもは髪を拭け、半裸でうろつくなと口煩い智哉が、こんな状態で人前に姿を現す筈が無い 。 何かが起きてる。嫌な予感に、心臓が忙しなく音を立てた。 暁孝は焦った様子で智哉に駆け寄った。肩に手を掛け、その顔を覗き込む。 「どうした?何があった?」 智哉、そう名前を呼ぼうとしたが、その前に智哉は、自分の肩に触れた暁孝の手に手を重ねた。それから何かを確かめるように、指先一つ一つを見つめて触れ、そっと指を絡ませていく。暁孝を見上げる瞳は言葉なく揺れ動き、今にも泣き出してしまいそうで、そんな智哉の様子に困惑していれば、唇と唇が触れ合っていた。 「ん、」 予想外の行動に、暁孝は目を見開く。まさか、暁孝と智哉はこのような関係ではない。 驚きに固まっていれば、唇は触れ合わせるばかりではなく、食むように求められ、舌先が熱く触れてくる。 「おい、智、」 「嫌!」 はっとして唇を離せば、離れまいと体に抱きつきいてくる。相手の意思も関係なく必死に縋りつくようなそれは、智哉のものだとは思えないが、目の前にいるのは、どう見ても智哉だ。 智哉は暁孝が突き放さないのを見ると、顔を起こし、暁孝の手を自分の頬へと導いていく。 「ずっと、触れたかった…」 髪から滴る水滴が、重なる二人の指先から手の甲、腕へと流れ落ちる。智哉は暁孝の手を大事そうに触れたまま、目を閉じた。智哉の涙が伝い落ちる。存在を確かめるように、智哉は暁孝の手に頬を擦り寄せる。ふと目が合えばそっと微笑まれ、その悲しく揺れる瞳を見つめていれば、智哉は頬に当てていた暁孝の手を、自身の首筋から鎖骨、その胸へと滑らせていく。ゆったりと、存在を確かめさせるように、じっくりと。智哉の唇から細やかに吐息が零れ、暁孝の胸がド、と打ち付ける。上下するその胸、見知らぬ智哉の香りに包まれ、呑み込まれてしまいそうで目眩がした。 「アキ」 切なく呼び、再び口付けようとするその唇。見つめるその瞳に、暁孝は小さく舌打ちし、自らその顔を引き寄せた。 「アキ、」 「…お前、誰だ」 「え?」 閉じかけた瞼が、驚いたように見開いた。暁孝は智哉の頭を両手で固定するように掴み、智哉の中に潜む何者かを見極めようと睨みつける。その瞳を注意深く見つめていると、茶色い瞳の中に赤い揺らぎが見えた。何かが智哉の中にいる。 「智哉から早く出ていけ。こいつは俺のものだ」 その一言に、智哉は酷く傷ついた顔をした。しかし、いくら見た目は智哉でも、その心には別人が入り込んでいる。大事な人の体に入る妖にまで配慮出来る程、暁孝は人間出来ていない。 「…何故そんな事を言うのですか、私は、ただあなたに会いたかっただけなのに、」 智哉は、縋るように必死に暁孝の服にしがみつく。暁孝は智哉の頭から手を放すと、その手首を掴み服から手を放させる。 「お前の正体を明かせ!何か言いたい事があるなら直接言ったらいい!智哉を返せ!」 ボロボロと涙をこぼした智哉に、暁孝は智哉から手を放した。智哉は俯き顔を覆った、かと思えば、途端に顔を覆った手からは力が抜け、智哉は意識を失い崩れ落ちた。 「え?智!」 暁孝は慌ててその体を支え、智哉を抱えたまま膝をついた。 「智!起きろ、智哉!」 まさか命は取られてはいないよなと、暁孝は智哉の口元に手を翳す。 大丈夫、息はある。 一先ず安心して、智哉を起こそうと名前を呼びながら体を揺り起こしていると、再び智哉が目を開けた。暁孝は慌てた様子で、智哉としっかりと目線を合わせた。 「智!聞こえるか?俺が分かるか!?」 間近に迫る暁孝の顔に、智哉は驚いて目を見開くと、うわぁ、と叫び声を上げながら、慌てて暁孝の腕の中から飛び出し距離を取った。 「ちょっと!イケメンの破壊力半端ない!いくら幼なじみだって心臓に悪いんだけど!」 真っ赤になって体を縮こませたかと思うと、今度は自分がびしょ濡れで、更に浴衣がはだけている事に気付き、顔をますます赤くさせて自らの体を掻き抱いた。 「な、なんで俺、こんな、え?暁孝、まさか俺の事何か、」 「してな………何もしてない」 「何だよ今の間は!俺の事、だ、抱きしめてたし、何を、」 「それより大変な事が起きた」 「ぶ、」 暁孝は適当に智哉の服とタオルを投げつけると、後ろを向いた。 「さっさと着替えろ、始さんと合流する」 そう言って始に電話を掛ける後ろ姿に、智哉は首を傾げた。男同士、互いの着替えている姿など何度も見ているし、風呂だって一緒に入った事はある。今のは流石にシチュエーションに驚いたが、それは智哉の話だ、暁孝が気にする事はない。やましいことがなければ。 「…なんでそっち向いてんの?」 「いいから早くしろ!」 「…するけどさ」 まさか本当に何かしようとしていたのか、そう考えが過ったが、そんな事あるはずないと、智哉はさっさと考えを切り替える。 着替えながら空気を変えようと、ここの温泉の泉質について語り始めた智哉だが、暁孝は智哉の唇の、肌の感触を忘れる事に必死で、話など何一つ入ってこなかった。

ともだちにシェアしよう!