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「遅い!」 「ごめん、それで何がどうなってるんだ?」 宿の前で(はじめ)が帰ってくるのを待ち構えていた暁孝(あきたか)は、智哉(ともや)の手首を掴んだまま始に詰め寄る。 「(あやかし)が現れた、(とも)の中に入っていた」 「え」 始と智哉の声が重なる。マコは心配してか、智哉に近づいてその手を握ろうとする。 「待って、マコ君はこっちだ」 すかさず始がマコを離し、マコは困惑した。 「どうして?ハジメ」 「ご、ごめんねマコちゃん。俺から離れた方が安全だから」 智哉は、暁孝の言葉と始の態度に事態を察したのだろう。それから「だからか…」と、手で顔を覆った。その顔からは、困惑が滲み出ている。 きっと先程の自身の姿と暁孝の様子について、理解出来たのだろう。自分の知らない所で体も意識も乗っ取られていたのだと、だから暁孝は様子がおかしかったのだと。一体自分は何をしてしまったのか、不安が智哉の中を駆け巡る。 ただその真相だけは、暁孝の胸の中に留める事になるだろうが。 「俺、どうしたらいい?まだ、居るの?中に」 「智哉君、何も感じない?変な感覚とかない?」 「何も…何も分かんないよ、どうしよう、俺」 「大丈夫だ、俺がどうにかする」 暁孝は智哉の手を強く握る。理解出来てしまえば、現実が恐怖となって押し寄せてくる。智哉は泣きたい気持ちをこらえ、頷いた。自分はまだ自分のままで、頼れる相手がいる。 「どうにかって、どうするつもりだ?」 始の問いかけに、暁孝は真っ直ぐと始を見つめた。 「池に行く。あいつの話を聞いてくる。だから智を見ていて欲しい」 「見ていてって、一人で行くつもり?」 「あぁ、智は連れて行けない。また同じ目に合うかもしれないし、かと言って一人にしておけない」 「…俺は、いいよ、行く!」 智哉は暁孝の手を引き寄せる。必死な瞳がそこにある。 「大丈夫、俺も、もう乗っ取られるとか油断しない。俺も連れて行って。そうしたら、始さんも暁と一緒に行けるでしょ?もしかしたら、俺だって何か役に立つかもしれないし」 「わざわざ危ない目に遭いに行くっていうのか?」 「どのみち同じだよ、もしここに残ってまた妖に乗っ取られたら?もし暁を一人で行かせて酷い目に遭わせたら?俺はどっちも嫌だ!だからお願い!」 智哉は暁孝の手を掴み、訴える。まっすぐ自分を映す瞳は揺らがない、いつもこの瞳に根負けしてしまう、暁孝がよく知る、智哉の瞳だ。 暁孝は小さく息を吐いた。その姿に、智哉は暁孝の手を引いて、停めていた車に乗り込んだ。 「始さん!運転お願いします!」 「…まったく、」 始はマコの手を引いて車へと向かう。 後部座席に乗り込んだ智哉は、きゅ、と唇を噛みしめ震える手を抑えるように握った。それでも彼が気になるのは、自分よりも暁孝の事だ。 「ごめん、足引っ張ってるよな」 「そんなことない、気にするな。俺が守ってやる」 ぎゅ、と強く手を握られ、智哉は唇を噛みしめながら頷いた。 「二人共、とりあえず行くだけだよ、無茶は無しだよ」 始とマコも車に乗り込み、車は池に向かって走り出す。 空は夕暮れから日が落ちて、夜が始まろうとしていた。 なんで私を置いて行ってしまうの。 どうして私を遠ざけるの。 私はただ、あなたと共に在りたいだけなのに。 暗い暗い池の底で、涙が一つ二つ泡となって消えていく。 もう彼女はあの頃の彼女ではなくなってしまった。 それを一番恨んでいるのは、彼女自身かもしれない。

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